市川実日子「既成概念や思い込みに支配されていたらつまらなくなる」

インタビュー中、自分の職業を“俳優”や“女優”、“役者”という言葉で表現することが一度もなかった。「演じることが仕事……」と言いかけて、「“仕事”……?」と、そう言い切ることに自分自身でためらう。そして、照れる。

映画『シン・ゴジラ』(16年)では、環境省の若手官僚をシャープに知的に演じ、ドラマ「アンナチュラル」(18年)では、プライベートを優先させる臨床検査技師役で、重くなりがちなストーリーに明るさと軽やかさを添えていた。映画『羊の木』(18年)でも、“殺人を犯した元受刑者”の一人として独特の不気味さと孤独感を漂わせた。主役を張らずとも、“この人が出るなら見てみたい”と思わせる稀有な俳優である。

 

自分を型にはめようとせず、
“もっと自由でいいんだ!”と
開き直ったのは割と最近のこと

――ここ数年は、映画でもドラマでも、一癖も二癖もある印象的な役が続いています。元々はモデル業をなさっていましたが、今は、俳優業を一生の仕事だと思っていますか?

市川:そう思ってはいないです。モデルをやっていた頃、ひょんなことから映画に誘っていただいて、気が付いたら始まっていました。はじめは、モデルの仕事もすごくやりたかったわけではなくて……。撮影の現場で、かっこいい大人に会えることが喜びでした。

特に、映画の現場にいらっしゃる職人さんがすごく好きで。“すごい!光を作ってる人がいる!!”とか(笑)。それぞれのプロが真剣な目をしながら働いていることがすごくかっこよく思えて、「またみんなに会いたい」という、その一心で現場に行っていました。現場に行けるのはこの“仕事”(しばし沈黙)。…………本当にね、言えないんですよ(笑)。

――自分のことを、“女優”とか“俳優”とか“役者”と呼ぶことが……?

市川:そう、言えないんです。でも、お芝居をするっていうのが、私の仕事……。“仕事”って言い切るのもちょっと苦手なんですが、とにかく私はお芝居をすることで、そのかっこいい大人たちがいる現場に入れるんですよね。

お芝居をするようになった最初の頃、映画をいっぱい観ました。でも、周りが「映画とは?」「芝居とは?」「あのカット割りが〜」と話されているのを見て、私も映画は好きだけれど、難しいことは全然わからないので、「こんなことでいいんだろうか、申し訳ない」みたいな気持ちがずっとどこかにあったんです。でも、ある時から、「いろんな人がいていいんじゃないか」と思うようになって。

お芝居の上手い下手というのは、感覚や好みによると思っていて、観ている人も、いろいろな人がいていい。いろいろな見方があっていい。同じように、出る人もいろいろな人がいていいんじゃないかと思ったんです。

たとえ一人でも、私の拙いものが、心に響く人がいるかもしれない。実際、そういうお手紙をいただくこともあって、びっくりしてしまうんです(笑)。こういう私の不器用さとか、説明できない感覚が伝わる人もいるんだと思うと、「ちょっとだけ、ここにいてよし」って自分に言えるような、そんな気分になれるんです。

たくさんの人に伝えられる人もいれば、そうじゃない人がいてもいい。自分を型にはめようとしなくてもよくて、“もっと自由でいいんだ!”って開き直ってきました。割と最近のことです(笑)。

NEXT≫既成概念に支配されたらつまらない