オンラインメディアの『ハフポスト日本版』が、4月20日、出版社のDiscover21(以下ディスカヴァー)と新たな書籍レーベルを立ち上げた。名付けて『ハフポストブックス 』。
ウェブメディアと出版社が組んで書籍レーベルを立ち上げるという取り組みは先例もあるが、ハフポストが、なぜいま既存の出版社と協業して「書籍事業」に乗り出すのか。レーベル第一弾となる『内向的な人のためのスタンフォード流ピンポイント人脈術』の著者で、ハフポスト日本版編集長の竹下隆一郎氏に聞いた。
――いきなりそのものズバリな質問ですが、著名なウェブメディアであるハフポストが、なぜいま書籍レーベルを立ち上げたのでしょうか。
私は2016年に朝日新聞を退職して、ハフポスト日本版の編集長になったんですが、ウェブメディアの世界に来て一番驚いたのが、「自分たちが想定していた読者」とはまったく違う人に記事が届く、ということでした。
朝日新聞にいたときには、ある程度、自分たちが書いた記事をどんな人が読んでくれるかという読者像が想像できました。「これぐらいの年齢で、こういう政治的指向を持っている人に向けて記事を書く」ということが明確でした。
ところが、ウェブメディアは違っていました。
ハフポストはダイバーシティ(多様性)を大切にしていて、さまざまな価値観を持つ人を取材し、その意見を記事にして届けたいと思っています。「こういう人に読んでほしいな」「ハフポストの読者はこういう記事を読みたいだろう」と考えて記事を発信していますが、最初はハフポストが想定する読者に届いても、記事がリツイートされたり、Facebookでシェアされたりするうちに、ハフポストとはまったく違うスタンスや考え方をする人にも届いてしまう。
もちろんそれは良いことで、議論が始まって欲しいですし、自分たちとは異なる意見を持つ人にも、読んでもらいたい。取材をするときも、ハフポストとスタンスが違う人にも話を聞くよう意識しています。それがインターネットの理念だと思います。
ただ、ネットの「現実」は違う部分がありますよね。建設的な議論が行われなかったり、記事に出てくる人のことを過剰に叩いたり、あるいは攻撃的な反応を返したりする方も少なくなかった。前提がまったく違う人に記事が届くようになり、誤読のオンパレードになってしまいました。
最初は「話し合えば理解できるだろう」と楽観視していたのですが、ツイッター上で議論をしても、余計に態度を硬化させてしまったりする。そういう経験を繰り返すうちに――これは極端な言い方になりますが――ウェブメディアでは、「議論」や「対話」をすることは必ずしもうまくいかないのではないか、と思うようになったんです。
もちろん私たちの努力不足もあり、日々勉強していきたいです。そういう方と一切のコミュニケーションを断つのも悲しいですから、せめて話を続ける努力はしよう、と考えました。あくまでたとえ話ですが、ツイッター上で攻撃的なリプライやダイレクトメッセージが飛んできても、反論や議論をするのではなく、「猫のアイコン、かわいいですね。僕も猫好きですよ」と話してみるように。
それがネット社会を平和に保つ最善の方法じゃないかと思って努力をしたんですが、時には議論や対話をすることすら拒まれるときもあった(苦笑)。世の中には前提が違う人がいて、どうあがいたって、理解し合えないことはある――ならば、最初からそれを諦めてしまおう、と。ちょっと悲観的に聞こえるかもしれませんが、僕なりに悩み抜いてたどり着いた結論でした。
一方で、ひとたびウェブから離れれば、あれだけ理解し合えなかった人とも、おしゃべりというか「会話」ができるんじゃないか、ということに気づいたんです。
そう感じたのは、昨年5月にブルーボトルコーヒーとコラボイベントを行ったのがきっかけでした。僕を含めたハフポストのメンバーが5日間、六本木のブルーボトルコーヒーの店に立って、「アタラシイ時間」というキーワードを言ってくれた方にコーヒーをご馳走する、という内容でした。
ウェブ上だけじゃなくて、リアルな世界でも読者の方々とコミュニケーションを取りたいなと思ってはじめたんですが、お客さんにコーヒーを差し上げる際に、オリジナルのコースターと僕たちのメッセージを込めた小さな冊子を手渡しして、会話することにしたんです。ゲストもテーマもありません。ボーッとしながら、ただ会話をしましょうと。
その時、小冊子やコーヒー、コースターといった形のあるプロダクトが介在することのパワーを実感したんです。お客さん400人全員がハフポストに共感しているわけでもなく、たまたま来てくれた方もいる。ハフポストのことを知らない人も、もしかすると嫌いな人もいたかもしれない。でも、冊子を渡して「少しお話しませんか?」というと、どんな人とでもポジティブなコミュニケーションが出来たんです。
ウェブ上に浮かぶ文字列ではなくて、手触りや姿形のあるプロダクトが介在することで、目の前にいる初めてあった人たちと平和な時間を共有できた。
そこでこう思ったんです。
想いを込めて作ったモノがもつ力ってすごいんだな。ウェブメディアだけでは困難かもしれないけど、「本」というプロダクトを通じてなら、誰とでも会話ができるんじゃないか、と。
ウェブ記事の場合、読んだあとすぐに反射的に感想を書き込み、それが「分断」の原因になってしまうことが多いけれど、内容が詰まっている本なら、意見が合わなくても、納得がいかなくても、読んだあとに少し時間を置いて考えてくれるから、おしゃべりができるんじゃないか――。
そんなことを考えていたのが去年の春。その頃、ちょうどディスカヴァーさんから「一緒にレーベルを立ち上げませんか」とお話をいただいたんです。