『砂の器』映像化4作を見比べてわかる「若者の痛み」の意外な変化

未来を信じられない若者たち
堀井 憲一郎 プロフィール

また、音楽家役では、1977年の34歳の田村正和がめっちゃかっこいい。

音楽家の役をだいたい30代のかっこいい役者が演じることになっていて、メイン刑事は渋い重厚な役者が演じると決まっている。忠臣蔵でいえば堀部安兵衛役と大石内蔵助役になる。たしかに、『砂の器』は「忠臣蔵」のような「当たり狂言」になっているのかもしれない。

描かれる風俗が大きく変わった

いちおう「事件もの」である。

物語冒頭に殺人事件が起こり、刑事たちが捜査して犯人を捜す、という本筋がある。
そこに複合的な要素がからんでくる。そのからめかたが松本清張の底力である。

犯人は誰か、どういうトリックが使われたのか、というおもしろさがまずあり、そのうしろにもっと大きなテーマが据えられている。

『砂の器』のテーマは、言うなれば、当人にはどうしようもない人間の「宿命」とは何か、であり、そこには「父と子の関係」が描かれる。

 

この主題が強く心に残るため、時代を越えて繰り返し作りたくなるのだろう。

1960年代の原作から、2010年代のドラマまで、芯の部分は変わらない。
でも風俗的な部分は変えられていく。

私が今年のドラマを見て、とくに気になったのは「若い表現者たち」の描かれ方である。

今回でいえば中島健人の役どころ。

「若者たち」をどう描くかというのはそれぞれ違っていて、それはその時代の「若者のポジション」を象徴しているように見える。

松本清張がこの小説を書いたのは昭和35年から36年である。新聞に掲載された。単行本が出されたのは昭和36年。1961年である。1960年代に入ってすぐ。つまり小説はだいたい1950年代末から1960年代当初の風俗を反映している。

映画になったのは1974年で、発表から13年後。いまから見るとさほど違いがないようにもおもえるだろうが、しかし1961年と1974年では日本の風景もずいぶんと変わっていた。たとえば、若い刑事・森田健作の髪の毛が長く(耳が隠れてるくらいだが)、こんな髪型の刑事は1961年には考えられなかったはずだ。

ついでに加えておくなら、今回の2019年のドラマでも採用された「列車の窓から布きれを捨てる」というシーンについて。これは1961年の日本社会ではさほど違和感をもたれない行為だったのだ。1961年当時、列車の窓から、ちょっとしたものを捨てる人はふつうにいた、ということである。マナー違反であるが、さほど大きく咎められることではなかった。

そもそも1960年ごろの列車のトイレは、ほぼだいたい線路上に直接落とすものだった。トイレのペダルを踏むと、枕木と敷石が見えた。列車が高速で移動しているときに用を足せば飛び散るからそれで大丈夫だ、と教わっていた。それが昭和30年代の日本である。列車が糞尿をまき散らしているのだから、べつだん細かい布きれくらい捨てたっていいだろう、ということになる。2019年では考えられない。