なぜ? 生存に不利な遺伝子が淘汰されないワケ

「自然選択」は強者の論理ではなかった
更科 功 プロフィール

なぜ不利な遺伝子はいつも潜性なのか

さて、不利な遺伝子が潜性のアレルであった場合、自然選択は不利な遺伝子を除去することができないことはわかった。しかし、不利な遺伝子が、かならず潜性のアレルであるとはかぎらない。顕性のアレルかもしれないし、そもそも顕性・潜性ではないアレルかもしれない。そこで、思考実験の2つ目だ。

たとえば、マルバアサガオの花の色を決めるアレルは、顕性や潜性という関係ではない。AAのときは赤で、Aaのときはピンク色で、aaのときは白くなる。これは不完全顕性と呼ばれる関係だ。

もしもこのとき、赤が有利で、白が不利で、ピンクがその中間であったなら、アレルaは、自然選択の監視の目から逃れることはできない。まずaaの白い花が、まっさきに除去されるだろう。しかし、AAの赤い花に比べれば、Aaのピンク色の花も相対的に不利なので、Aaも除去されていく。その結果、最終的にaは完全に除去されてしまう。

また、もしも顕性のアレルが不利なら、このアレルも自然選択の監視の目を逃れることはできない。AAやAaが着実に除去されていく。そして最後の1個のアレルまで、完全に除去されてしまうだろう。

つまり、不利なアレルが潜性でない場合は、すでに除去されてしまって残っていないのだ。不利なアレルが潜性であったときだけ、自然選択の監視の目を逃れて生き残ることができる。だから不利な遺伝子は、いつも潜性のアレルなのだ。

【図】不利な遺伝子が潜性でない場合は?
  不利なアレルが完全な潜性でなかったら、すでに除去されてしまって残っていないはずだ

このように、自然選択には、すべての不利な遺伝子を除去する力はない。自然選択のメカニズム自体は単純だが、実際に作用するプロセスには複雑なものもあるのだ。

でも考えてみれば、単純な方がよいこともある。科学では一般に、より単純な法則を発見した方が、より価値があるとされる。だから、進化のメカニズムとして自然選択を発見したことは、ダーウィンの素晴らしい業績だ。まあ、だからといって、それは「生物学者はアホだ」という意見の反証にはならないけれど。