なぜ? 生存に不利な遺伝子が淘汰されないワケ

「自然選択」は強者の論理ではなかった
更科 功 プロフィール

有害な遺伝子を除去できない仕組み

生物学における仮説や理論のなかには、かなり難しいものもなくはない。とはいえ、物理や化学に比べれば、簡単なものが多いのも事実だ。だから、生物学者はアホだと思う人もいるのかもしれない。そして自然選択説は、その簡単なものの代表格といってよい。

「自然選択説を考えついたダーウィンなんて、まったく偉くない。こんな簡単な説なら、誰だって考えつくさ」

そんな意見を、私は何度も聞いたことがある。口には出さないけれど頭の中で思っている人なら、もっとたくさんいただろう。べつに私も、そういう意見を否定するつもりはない。いや、私だって心のすみで、すこしはそう思わないでもない。でも、あまり油断しすぎると、足をすくわれるかもしれない。

たとえば、私たちヒトには有害な遺伝子がけっこうある。これらの遺伝子は、なぜ自然選択で除去されないのだろう。それは、有害な遺伝子を自然選択で除去することは、ふつうできないからだ。これはすこし考えれば当たり前のことだが、忘れている人がけっこう多いのだ。

自然選択で有害な遺伝子が除去できない仕組みは、2つの思考実験をすれば、すぐに納得できる。まずは1つ目だ。

私たちヒトは二倍体である。二倍体というのは、ほぼ同じ遺伝子を2組もつ生物のことで、遺伝子の1組は母親から、もう1組は父親から受け継ぐ。この、ほぼ同じ遺伝子のことをアレル(対立遺伝子)という。アレルと表現型は対応することがあり、それについては19世紀のメンデルの実験が有名である。

メンデルは、やはり二倍体のエンドウを使って実験をした。たとえば、あるアレルが2種類あって、それらをAとaで表すことにしよう。アレルの組(遺伝子型)がAAのときはエンドウの子葉は黄色になり、Aaのときも同じく黄色、しかしaaのときは緑色になる(AAやaaのように同じ種類のアレルをもつ生物をホモ接合体、Aaのように異なるアレルをもつ生物をヘテロ接合体という)。このとき、Aのことを顕性のアレル、aのことを潜性のアレルと呼ぶ。つまり顕性アレルは、潜性アレルの表現型に対する効果を覆い隠してしまうのだ。

【図】対立遺伝子とは?
  顕性アレルAは、潜性アレルaの表現型に対する効果を覆い隠してしまう

ちなみに、以前は「顕性」のことを「優性」、「潜性」のことを「劣性」と呼ぶことが多かった。しかし「優性」というと、そのアレルが示す表現型自体が優れているような印象を受けるし、「劣性」というと、表現型自体が劣っているような印象を受ける。

もちろん、正しくはそうではなくて、「優性」というのは単にヘテロ接合体で表現型が現れることで、「劣性」というのはヘテロ接合体で表現型が現れないことである。このように「優性」「劣性」という言葉は誤解を生みやすいので、最近では「顕性」「潜性」という言葉を使うことが推奨されている。さらにいえば、「対立遺伝子」の代わりに「アレル」ということが、最近では多くなりつつある。

さて、仮に子葉の色が黄色のときは有利で、緑色のときは不利だったとしよう。つまり遺伝子型がAAとAaの個体は子孫をたくさん残し、aaの個体はあまり残せないということだ。すると、最初のうちはaというアレルが減っていく。しかし、ある程度まで減ると、それ以上は減らなくなる。

自然選択が作用するのは表現型に対してだけである。したがって子葉が緑色になるaaに対しては、除去するように自然選択が作用する。しかし子葉が黄色になるAaに対しては、除去するような自然選択は作用しない。Aaというヘテロ接合体になると、aは自然選択の監視の目から隠れてしまうのだ。

Aに比べてaの数がずっと少なくなると、aとaが出会ってホモ接合体になることはほとんどなくなる。そうすると、もはやaに対して自然選択は働かない。だからaは低い頻度のまま、ずっと存在し続けることになる。

【図】遺伝子aは無くならない
  aとaのホモ接合体は出現しなくなるが、aは低い頻度ながら、Aaのヘテロ接合体にずっと存在し続ける

たとえば、色を認識する能力が低くなる色覚異常を起こすのも、潜性のアレルだ。現在ではそれほどではないけれど、昔なら色覚異常の人は、生きていくうえでかなり不利だったに違いない。それでも色覚異常の遺伝子がずっとなくならないのは、ある程度まで数が減ると自然選択が作用しなくなるからだ。

ちなみに今回の話とはあまり関係ないけれど、私はかなりの近眼である。もし眼鏡をしていなければ、大きい交差点だと信号がはっきり見えないので、横断歩道を渡ることすらできない。昔だったら獲物は捕まえられないし、動物が近くに来るまで気づかないし、たちまち肉食獣に食べられてしまっただろう。目というのはとても大事な器官なのだ(当たり前だけれど)。