元夫の新しい家庭

「今、上の子は27歳、下の子は23歳。それぞれ専門職や企業勤めで、まだ自宅住まいではあるけれど、すっかり自立しています。父親の話は一切、しませんね。まったく興味がないし、会いたくないみたい。結局、この10年間、向こうからも会いたいって言ってきたことがないわけで、愛されていないと感じているからじゃないでしょうか」

元夫には新しい家族がいて、そこに生まれた子どももいる。そんな事情も、もちろん娘たちは知っている。

実は晴子さんは一度だけ、ショッピングモールで元夫の姿を見かけたことがある。家族で買い物をしていた。小さな子ども連れで、その子が娘たちの小さいころにそっくりだったのを見て、「父親が同じだとやっぱり似るんだなあ」とは思ったが、心はまったくざわめかなかった。それほどに傷の少ない、あっさりとした離婚だったのだ。

「基本的にくよくよしない性格で、人に対する思い入れも少ない。一人っ子だからか一人遊びが上手だし、誰かに頼りたいとはあんまり思わないですね。離婚してから恋愛はしていないし、再婚したいと思ったこともありません」

ショッピングモールで小さい子を連れた元夫とすれ違う。それでも心がざわめかなかった Photo by iStock

「結婚生活を続ける」とは

結婚も離婚も、人生においては大きな賭けだ。晴子さんの場合、結婚も離婚もたぶん「吉」と出た。結婚していなければ可愛い娘に恵まれなかったし、離婚していなければ今、謳歌している自由はない。晴子さんは、とあるスポーツ選手のファンで、追っかけをしている。泊まりがけで遠征に出かけられるのも、気兼ねする相手がいないから。10年ほど前に父を看取ったが、独り身だったからこそ悔いなく介護ができた

そんなわけで結婚も離婚にも後悔はないが、それでも今、ふと夢想することがある。あのときは勢いで離婚してしまったけれど、離婚していなければ、どうだったのか。それはそれで、なんとかやっていけたのではないか。元夫は悪い人ではなかったし、離婚を申し出たときは「どうしてこれくらいのことで俺が離婚されるんだ?」という感じだったから、悪いことをしたな、とも思う。

「だからあらためて、長く結婚生活を続けている人は本当にえらいな、と思います。みんなある程度、折り合いをつけて我慢している部分があるのだろうから。それが私にはできなかった。誰に言われたのでもなく自分の責任で決めたことなので、飲み込んで生きていくしかないんですけどね」

折り合いをつけること、我慢をすること、日本ではとかく美徳とされがちである。でも、そのことにどれほどの価値はあるのだろう。 

こう言うと、子どもがかわいそう、子どもから父親を奪っていいのか、親になった以上我慢しろ……と、非難が集まることも承知している。両親が揃った円満な家庭は、もちろん素晴らしい。しかし、はたして子どもが手にして当然の権利なのか。それは、様々な条件や努力が積み重なって築き上げられるものなのではないか。

結婚するなら円満な幸せな家庭を築きたいと誰もが思うだろう。しかしそこに苦しさが生じた場合、「我慢すること」が円満な家庭なのだろうか。夫婦が揃っていたら円満な家庭だといえないのと同様に、様々な家庭があり、そこで多くの人が生きているのが現実ではないのか。

「子どものため」。その思いが強すぎるのは逆に、子どもを私物化する思想にもつながり危険だと思う。渡辺さんを前にして感じたのは、耐えて生きている苦しそうな母親より、ちょっと勝手でわがままだけれど明るい母親の方が、人として付き合うのに子どもも楽なのではないかということだ。

親も子どもも、それぞれの運命を背負って生きている。たまたまこの世に生まれ出会った者同士だという感覚は、忘れてはならないのではないだろうか。