コンビニ「24時間営業問題」、セブンとローソンは明暗を分ける…?

ローソンのオーナー会議に参加してみた

24時間営業問題で「セブン社長交代」の大激震

セブン&アイ・ホールディングスは4月4日、都内で会見を開き、傘下のコンビニエンスストア、セブン-イレブン・ジャパンの古屋一樹社長が退任、後任には永松文彦副社長が就任することを発表した。

きっかけとなったのは24時間営業問題

大阪府東大阪市の加盟店オーナーが人手不足を理由に営業時間を19時間に短縮したところ、フランチャイズ契約に反し、1700万円の違約金が発生すると本部が指摘したことから両者の間に対立が起こった。

 

問題はそれにとどまらなかった。

他の加盟店からも火の手が上がり、世論を喚起。こうした加盟店との軋轢が深まる中で、コンビニ業界のガリバーといわれるセブン-イレブンも本部と加盟店の関係を再構築し、ビジネスモデルの抜本的な見直しが求められることから、長い間加盟店と接点を持ち人事労務に強い永松副社長を抜擢したとみられている。

井阪隆一セブン&アイ・ホールディングス社長は、記者会見でセブン-イレブン・ジャパン社長交代の理由について次のように語っている。   

「24時間問題に対応できなかったというよりは、コミュニケーションのパイプの根詰まりが組織的な問題としてあった。それは2万店という巨大なチェーンにおいて、一人の社長が情報を吸い上げて対応しなければいけない。とても負荷がかかる。永松が入ることで、社内の情報をしっかりと吸い上げて、コミュニケーションを密にし、素早い戦略立案、課題解決を実行する」

セブン-イレブンの前身は「ヨークセブン」で1973年に創立され、コンビニエンスストアのビジネスモデルを作り上げてきた。

セブン-イレブンが誕生した1973年は、高度経済成長の最後の時期。工業化社会へと突入し、大量生産、大量販売による空前の消費ブームを巻き起こしていた。

photo by iStock


こうした大企業の猛攻の中で、中小小売業の経営は厳しさを増していた。

「中小小売業は依然として家族的な労働を中心に営まれており、労働生産性が上がらなかったこと、また新たな人材を確保しようにも、需要も大きく労働条件が整備されてきた製造業に人材が吸引されていたこと、さらに高度成長を経て消費市場自体が『商品をつくって店頭に並べれば売れた売り手市場』から『お客さまが価値を認めた商品だけを買っていく買い手市場』へと変化し始めていたことなどが、その背景にありました」(同社ホームページ「セブン-イレブンの歴史」より)

政府もまた中小小売商業振興法や大規模小売店舗法(大店法)を公布し、中小企業の活性化に乗り出した。

鈴木敏文名誉顧問、(当時イトーヨーカドー取締役)は当時、イトーヨーカ堂出店を進めて行くために地元の商店街などに「共存共栄」を説明して回った。鈴木氏は当時を振り返ってこう語っている。

「当時、中小小売店の不振の原因は、生産性の問題であり、大型店との競争の結果ではないと考えて、規模の大小にかかわらず生産性を上げて人手を確保し、きめ細かくニーズに対応していけば必ず成長の道が拓かれ、大型店と中小小売店の共存共栄は可能だと説得し続けていました。しかし、いくら言葉で言っても生産性の上がる中小小売店経営の実例がどこにもないので、商店街の方々の納得を得るのは困難でした」(「セブン-イレブンの歴史」より)