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謎めいた「辣腕投資家」に魅入られた証券ディーラーの大誤算

東京マネー戦記【10】2004年

数々の修羅場をくぐり抜けた、海千山千の者たちが蠢くディールの世界。大手証券会社に務める若手社債ディーラーの「ぼく」は、ある魅力的なファンドマネージャーに出会い、すっかり信頼してしまうのだが……。

知られざる証券会社の内幕を描く「東京マネー戦記」第10回。

(監修/町田哲也

 

「俺はものすごい儲けたよ」

ある投資家と親密な関係になったのは、ぼくが社債のディーラーになって2年ほどたった頃だった。

鳥飼和幸は、取引先のなかでもとりわけ売買量の大きいファンドマネージャーだった。

ファンドマネージャーとは、機関投資家の売買の方針を決める資金運用の意思決定者だ。鳥飼はあるアセットマネジメント会社に長く所属しており、積極的な投資手法からマーケットで知らない人はいないほどだった。

はじめて会ったときのことは、鮮明に憶えている。営業担当者とあいさつに訪問すると、約束の時間より15分以上遅れて、鳥飼は3人分のペットボトルを持って会議室に駆け込んできた。

「ごめんごめん。アシスタントが休みでさ」

名刺交換すると、鳥飼はジャケットを脱いで椅子に掛けた。ノーネクタイで天然パーマの髪の毛をかきあげながら話す姿には、金融業界らしい堅苦しさがなかった。初対面にもかかわらず満面の笑みを向けてくる。不思議とそれまでの緊張が解けた。

前年の2003年に7600円台まで下落した平均株価は、すでに50%近く上昇していた。どこかでまた反落するのではないかと、みんながビクビクしている環境だった。少しでも鳥飼の投資方針が探れないか。そう思って設定した訪問だった。

「今年は証券会社も、ずいぶん儲かったでしょ?」

「いや、それほどでもないです」

「そうなの? 俺はものすごい儲けさせてもらったよ」

何の隠し立てもしない話しぶりに、ぼくは否応なく引き込まれた。

「……御社の売買を見ていると、よくわかります」

「これだけ相場が上がってるんだから、損するような奴はよっぽどの素人だよ」

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「まだこのマーケットは続くと思いますか?」

話の流れに、ぼくはさっそく自分の関心をぶつけてみた。鳥飼の反応は明快だった。

「はじまったばかりというのが、俺の考えだね。景気はまだまだよくなるし、相場はもっと上昇する。この流れに乗り遅れれば、今年のパフォーマンスはないだろうな」

鳥飼の認識は間違っていなかった。日本経済は最悪期を脱し、その後も長い上昇トレンドを迎えることになる。

「でも俺が関心あるのはそんなことじゃない。マーケットにある歪みを、どう捉えるかのほうがよっぽど興味がある。

例えば君たちがやる、新規の社債発行ね。あれはほとんどがミスプライスだね」

「マーケティングをして決めてますけど、間違ってますか?」

「大間違いだよ。安過ぎだ。ものの価値をわかってない投資家の意見を信じ過ぎなんだ。まあ、だからこそ俺たちが儲かるんだけどね」

鳥飼は楽しそうに、ペットボトルの水を飲んだ。