22年前に殺された母の仇討ち殺人が共感を呼ぶ「中国の司法事情」

実は同様の復讐が絶えることなく
北村 豊 プロフィール

「苦節22年」

さて、それから22年後の2018年2月15日、張扣扣は母親の仇(かたき)である王家の父子3人、すなわち、父親の王自新(71歳)、長男の王校軍(47歳)、三男の王正軍(39歳)を殺害し、2日後の2月17日に自首したのだった。

当初、この事件は単純な怨恨による連続殺人事件として処理されるはずだったが、犯人の張扣扣が自首したことにより「母の仇討ち殺人事件」であることが判明し、メディアによって大きく報じられることになったのだった。

 

2018年2月の時点では王家の3兄弟は実家のある大坪村には住んでおらず、普段は実家に集まることは滅多になかった。年に1度3兄弟が実家に集合するのは旧正月の時期であり、張扣扣は彼ら3人が旧正月に実家へ戻る時期が仇討ちを果たす好機と考えて、王家の動静を密かに見張っていた。

三男の王正軍は2月6日には実家へ戻っていたが、長男の王校軍は2月15日朝に実家へ車で到着した。肝心な次男の王富軍がまだ戻っていないことは心残りだったが、今を逃せば次はいつになるか分からない。張扣扣は王家の一族十数名が毎年恒例の年末墓参へ行く時に決行することを決意していた。

事前に準備した帽子とマスクで変装した張扣扣は、墓参りに行く王家の一族を尾行した。そして、彼らが墓参りを終えて三々五々帰途に着くのを見届けると、先ず王正軍に襲い掛かり、手にした刃物で首を掻き切った。

王校軍は何者かが襲撃して来たことを知って逃げ出したが、張扣扣は前を走る王校軍に追い付くと、王校軍の腰に刃物を突き刺し、溝に落ちて逃げようとする王校軍をさらに追って刃物で何度も突き刺して殺害した。

その足で王家の実家へ向かった張扣扣は、ちょうど大きな袋を抱えて外へ出て来た王自新と鉢合わせした。すかざず走り寄った張扣扣は刃物で王自新の首に切り付け、さらに腹を刺した。王自新は刃物をつかんで抵抗しようとしたらしく、後には切断された1本の指が落ちていたという。

こうして王家の3人を殺害した張扣扣は、庭に停めてあった王校軍の車に近付き、事前に用意してあった火炎瓶に火を点け、それを車の窓から投げ込んで炎上させた。

そして、張扣扣は騒ぎを知って集まっていた村人たちの前で、両手を高々と掲げ、天に向かって大声で「苦節22年、今日で俺の仇討ちはようやく終わった」と叫び、その横で茫然とたたずんでいた王自新の老妻である楊桂英に対して「あんたは女だから殺さない」と述べると走りさったという。

張扣扣が地元の公安局へ自首したのはそれから2日後の2月17日であった。

以上が「張扣扣事件」あるいは「陝西漢中2・15殺人事件」と呼ばれる事件の全貌であるが、殺された王家父子3人の遺体には全部で49カ所の刃物による傷跡が残されていて、彼らに向けた張扣扣の憎悪がいかに深かったかを物語っていた。

関連記事