コンプラ瓶を追いかけて
知らなかった長崎に出会った。

それからの森岡さんは、文字通りの“コンプラ瓶刑事”だった。

車を飛ばして昨日会ったお客さんのお店へ出向き、コンプラ瓶を作っている窯元はないかと訪ねて回った。手がかりがなければ足で探そうと、時間が許す限り窯元を訪ねた。制限時間の30分ほど前に閉店ギリギリの物産館でコンプラ瓶のレプリカを見つけたときはガッツポーズが出た。

旅の最後、波佐見で見つけたコンプラ瓶のレプリカ。青磁の色や質感も当時のものに近い。/重山陶器 長崎県東彼杵郡波佐見町井石郷2150 ☎0956-85-5000

それは重山陶器という窯元が作っているものだった。早速足を運んで見せてもらうと、美術館で見たものより白い、ピカピカのコンプラ瓶が並んでいた。風情に欠けるがレプリカだから致し方ない。すると、森岡さんが陳列棚の奥から、やや青みがかったコンプラ瓶を掘り出してきた。「それは、かつてのコンプラ瓶に近い青磁なんです。青磁は焼きの最中に割れやすいので今は作っていないのですが……」

残り1本という運命的な出会い。これもレプリカであることに違いはないけれど、その佇まいは美術館で見たコンプラ瓶に限りなく近かった。

「それ、どんな風に使うんですか?」

空港へと急ぐ車中で尋ねたら「う〜ん、どうしようかな」と悩んだあと、「でも、飾っておくということはないかな」とだけ答えた。

かつてフランス領事館が置かれた東山手甲十三番館。


旅の途中、森岡さんは何度も「生活工芸」という言葉を使った。「民藝という言葉の意味は広いけれど、それらをガラスケースの中に閉じ込めておくのは何か違うと思う」とも。「日本の家庭では、お父さんのお茶碗、お母さんのお茶碗って決まっているでしょ。それって海外ではそうないことですよね。しかもそれが作家さんが作ったものだったりして。そういう文化が生活の中に根付いているというのは素晴らしいことです。僕はそこに強く惹かれるし、そうした生活工芸、それを取り巻く文化を残していきたいと思っているんです」

東山手十二番館ではその天井の高さに注目していた森岡さん。窓や扉のしつらえもクラシカルで素敵。

かつて出島で当たり前のように使われていたコンプラ瓶。安価で丈夫で、醤油や酒を劣化から守ってくれる、日本の貿易に欠かせないもの。一体何本のコンプラ瓶が海を渡っていったのだろう。誰がその瓶を焼き、誰が酒を造り詰め、船に載せて、そしてどこの誰が、どのようにそれを受け取り使ったのだろう。

とめどなく湧き上がる想像は、日本と西洋、中国の文化が入り混じり、活気と華やぎに満ちていたかつての長崎の街の空気を運んでくれる。それは資料館で見たスケッチやモノクローム写真よりずっと鮮やかに、長崎の風景と、その“とき”を生きた人々の熱を私たちに伝えてくれるのだった。

眼鏡橋のそばで見つけた書店〈ひとやすみ書店〉。その名の通り居心地のいいカフェスペースが。/ひとやすみ書店 長崎県長崎市諏訪町5-3-301 ☎095-895-8523

PROFILE

森岡督行 Yoshiyuki Morioka
1974年、山形県生まれ。東京・神田神保町の古書店 一誠堂書店に入社。2006年に独立し、現在は銀座で“一冊だけの本を売る書店”「森岡書店」を営む。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)など多数。

●情報は、2019年4月現在のものです。
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Photo:Norio Kidera Text:Yuriko Kobayashi