文鳥のオスカルとアンドレ

二度と生き物は飼わない!」と宣言していたウチの親だけど、私が小学校高学年の頃、何の気まぐれか、父が知人から番の桜文鳥をもらってきた。

家に、久しぶりのペットがやって来たのだ。

桜文鳥は、身体は灰色、頭は黒、ほっぺとお腹が白くて嘴は桜色。インコよりも小ぶりの可愛らしい小鳥だ。
名前はオスカルとアンドレ。
当時宝塚の舞台にもなって大ブームだった『ベルサイユのばら』という漫画の主人公にあやかって命名した。

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小鳥の世話は子供たちでするという約束だったから、姉、兄、私の兄妹3人は、こぞってエサやりや鳥小屋の掃除に励んだ。……最初だけは。

桜文鳥は人に馴れる鳥だけど、番で飼うと人間には無関心になってしまうらしい。
エサをやろうが話しかけようがまったく懐いてくれないオスカルとアンドレに、私たちのテンションは急降下。

あっというまに我家の「小鳥ブーム」は過ぎ去って、当番のエサやりも押しつけあうようになってしまった。

子供の頃のこととはいえ、オスカルとアンドレには、本当に申しわけないことをしたと思う。玄関わきに置かれた鳥小屋に、ほとんど見向きもしなくなってどれくらいたった頃だろう。

ある朝私たちは、鳥小屋の床で冷たく固くなっているオスカルとアンドレの姿を見つけたのだった。

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原因は、エサ切れだ。

鳥を飼ったことのある方なら御存知だろうが、鳥は、粟などのエサの中味だけを食べて殻を残す。エサ入れにまだエサがあると思って油断していたら、実は殻ばかりで、危うく餓死させる所だった…なんて経験をした方も少なくないのではないだろうか?
私たちの場合も、まさにそれだ。

とりあえず誰かしらがエサだけはやっていたものの、ちょっと小屋をのぞいてエサ入れがカラになっていなかったら、わざわざ中を確かめようとはしなかった。いつのまにか、小鳥の世話は面倒な〝義務〟になってしまっていたから。

愛情も責任感もすっからかんで、いいかげんな飼い方をしていたから、そんな初歩的なうっかりミスで鳥たちを死なせてしまったのだ。

本家『ベルばら』のオスカルとアンドレは、フランス革命で市民の自由と平等のために命を捧げたのに、我家のオスカルとアンドレの最期は悲しすぎる。

親の反対で子犬を飼うことができず、泣く泣く捨てに行った小3のあの日には、「いつか自分の力で犬を飼って、絶対幸せにしてやるんだ!!」なんて心に誓ったはずなのに……。

このザマ。やっぱり親の言うことは正しかった。
小鳥の世話さえできなかったその頃の私には、母の言葉通り、犬の面倒なんか見られるわけはなかったのだ。

もしもあの時、子犬を飼うことを許してもらっていたとしても、きっとすぐに飽きてしまって、結局何もかも親まかせになっていたんじゃないだろうか。

大人になってから振り返れば、当時の私は、かなりわからんちんで身の程知らずな子供だった。

けれど、親のどんな言葉よりも、自分のせいで鳥たちを死なせてしまったという事実は重かった。オスカルとアンドレの犠牲によって、私は、まだまだ自分は生き物の生命を預かる精神的レベルに達していないと悟ったのだった。

あこがれの「犬ライフ」への道を、大幅に逆戻り。
だけど、これは大きな意味のある後退だった。

今でも、時々こんな夢を見る。
飼っている小鳥にエサをやるのをすっかり忘れていて、ハッと気がついて真っ青に!
恐る恐る小屋をのぞくと、小鳥は死んでいる…ということもあるし、ギリギリ生きていて、ホッと胸をなで下ろすというパターンもある。

オスカルとアンドレの一件が、未だにトラウマになっているのだ。
生命って、もろくて儚いものだ。
ちょっとした不注意で、簡単に失われてしまうこともある。

生き物を飼ったら、その生命は飼い主の手に委ねられる。生かすも殺すも飼い主次第。その怖さと、責任の重さを、オスカルとアンドレが教えてくれた。

フランス革命とまではいかないけれど、彼らはその生命と引き替えに、アホで無責任だった私の意識に活を入れ、強烈に変えてくれたのだ。

ありがとう! オスカルとアンドレ。そして、本当にごめんね!
君たちの犠牲は、決してムダにはしないよっ!!

次回は、折原さんが犬をかうために「人生最大の買い物」をしてからのことをお伝えします。5月14日(火)公開予定です!
 

おひとりさま、犬をかう』:「犬をかいたい」。幼い頃の夢を30代で叶えてから十数年、子犬の育児に悪戦苦闘し、湘南への移住と犬とともに変わった人生。「独身・家持ち・40代」漫画家&小説家がユーモアとやさしさたっぷりに書いたエッセイ。