江戸時代、唯一外国との交易が認められていた長崎は、ポルトガルやオランダ、中国などの文化が入り混じる独特の華やぎをまとっていました。今でも目と心を澄ませて街を歩けば、かつてここに暮らした人々の文化と息づかいが伝わってきます。

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生活工芸の中に残る
人々の暮らしと記憶。

長崎歴史文化博物館で坂本龍馬とツーショット撮影。/長崎歴史文化博物館 長崎県長崎市立山1-1-1 ☎095-818-8366

「オランダ商館にあったであろう掛け軸を探している」という言葉に、長崎歴史文化博物館の職員さんたちは「う〜ん」と首を傾げている。色々と資料を調べてくださったが、手がかりは見つかりそうにない。これには森岡さんも気落ちするだろうと思いきや、本人は工芸のコーナーで何かに見入っている。

鎖国の時代、オランダなどの外国に酒や醤油を輸出するために使われていた「コンプラ瓶」。長崎歴史文化博物館で出会った一本の瓶に強く惹かれた森岡さんは、旅の予定を大幅に変更することになる。

「かっこいいなあ」と熱い視線を向ける先には白い陶器瓶があって、ブルーの文字でアルファベットが描かれている。それは「コンプラ瓶」と呼ばれるもので、鎖国の時代から大正時代にかけて、出島からオランダを中心とした西洋、東南アジアヘ醤油や酒を輸出するために使われていた保存瓶だという。側面には醤油と酒を意味するオランダ語「JAPANSCH ZOYA」、「JAPANSCH ZAKY」という文字があり、それが装飾ではなく、実用のためのものだったのだとわかる。「コンプラ瓶にこれほどご興味を持たれた方は初めてかもしれません」と職員の方々は少し驚いた様子。

長崎歴史文化博物館にて。森岡さんの興味は生活工芸品。

「僕は美術品としての器ではなくて、生活の道具としての工芸に惹かれてしまうんです。美しさというのは様々な種類がありますが、こういう暮らしの中にある工芸が持つ機能美が素晴らしいなと思って。できればショーケースの中にあるものではなくて日常の中にあるものを見たいのですが、難しいですよね」

外国語の手書き辞書。「佛郎察辞範草稿」。「文字が美しいね」と森岡さん。

200年以上も前から使われていたと言われるコンプラ瓶。博物館でしか見られないというのは重々承知だったけれど、職員の方から、「古くからコンプラ瓶を作っていた波佐見なら、レプリカを作っている窯元があるかもしれません」と教えてもらった。

グラバーと親交があった龍馬は、長崎ととても縁深い人。

波佐見は長崎を代表する焼き物の町。江戸時代に多く存在していた窯元のほとんどが廃業してしまった現在も若い担い手が伝統を受け継いでいる数少ない場所でもある。ただ波佐見は長崎市内から車で40分ほど。1泊2日の旅で足を運ぶには、予定を変更しなければならない。森岡さんは「う〜ん」と腕組みして、それから黙り込んでしまった。

「件の掛け軸もコンプラ瓶も、何か手がかりがあるかもしれない」。時間が限られた私たちを思って、職員さんが市内に残る旧香港上海銀行長崎支店の記念館を勧めてくれた。

“建築界の異才”と呼ばれた下田菊太郎によって設計された旧香港上海銀行長崎支店。内部はシックな雰囲気。/旧香港上海銀行長崎支店 長崎県長崎市松が枝町4-27 ☎095-827-8746

長崎港の近く、ビルが立ち並ぶ界隈に突如現れる重厚な煉瓦と石造りの洋館は、そこだけ時が止まっているような雰囲気を醸していて、それもそのはず、明治37年に竣工したものだそう。1階には当時の銀行の姿を思わせる木製のL字カウンターが残り、2階と3階は応接室や個室。クラシカルな螺旋階段やマントルピースには、明治という時代が放っていた独特の華麗さが刻まれている。

「これはたまりませんねえ」と、長いときを経て飴色になった螺旋階段の手すりに何度も触れる森岡さん。展示コーナーでは明治時代に使われていたというエメラルド色のガラスに文字が刻まれた古いラムネボトルに、またしても見入っていた。

たまごサンドが絶品の「珈琲冨士男」でモーニング。/珈琲 冨士男 長崎県長崎市鍛冶屋町2-12 ☎095-822-1625
江戸時代から続く〈料亭青柳〉でうなぎランチ。専用の陶器で蒸して食べるのは長崎ならではの流儀。/料亭青柳 長崎県長崎市丸山町7-21 ☎095-823-2281
一口餃子の〈雲龍亭本店〉。ニンニクが効いていてクセになるおいしさ。/雲龍亭本店 長崎県長崎市本石灰町2-15 ☎095-823-5971

PROFILE

森岡督行 Yoshiyuki Morioka
1974年、山形県生まれ。東京・神田神保町の古書店 一誠堂書店に入社。2006年に独立し、現在は銀座で“一冊だけの本を売る書店”「森岡書店」を営む。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)など多数。

●情報は、2019年4月現在のものです。
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Photo:Norio Kidera Text:Yuriko Kobayashi