野村克也さんがいま明かす「沙知代さんが亡くなった瞬間のこと」

「ありがとう」と言えなかった男の悔恨
現代ビジネス編集部 プロフィール

あまりにもあっけなかった最期

その日も午後1時頃に目が覚め、お手伝いさんがつくってくれた朝食兼昼食を食べたあと、応接間でテレビを観ていた。

すると、お手伝いさんが「奥様の様子がおかしいんです」と私を呼びに来た。

食堂へ行くと、妻がテーブルの上に突っ伏していた。昼食にほとんど手を付けていなかったので、少し変だなとは思っていたのだ。

 

背中をさすりながら声をかけた。

「大丈夫か」

すると、沙知代はいつもの強気な口調で言った。

「大丈夫よ」

それが最後の言葉になった。

あまりに様子がおかしいのですぐに救急車を呼んだのだが、到着したときにはすでに息をしていなかった。

救急隊員の人が、それとなく手遅れだという意味のことを言っていた。だが、こちらの気が収まらないので、とにかく病院まで運んで欲しいと頼んだ。

車中、救急隊員の人たちも一生懸命、心臓マッサージを施してくれたが、うんともすんとも言わない。

沙知代は、死んでいると思った。頭ではそう理解しているのだが、その事実が心まで落ちてこない。

そんな中、辛うじて、もう戻らないのだということだけは理解した。

死亡時刻は、16時9分だった。

「大丈夫よ」と言ってから、息を引き取るまで、ほんの5分程度のことである。いや、もう少し長かっただろうか。だが、感覚としては、まさにあっという間だった。

人間の命とは、なんとあっけないものなのだろう。あんな簡単に逝かれると、人生とは何なのかと思わざるを得ない。

急死って、本当にあるのだ。

虚血性心不全という、突然、心臓に十分な血液が回らなくなる病気だそうだ。

苦しまず、痛みもなく、まさに眠るように逝ってしまった。妻の最期に不謹慎だが、死に方としては最高だったのではないかとすら思った。