東大教授が解説!「令和」から浮かび上がる大伴旅人のメッセージ

話題の読解「完全版」
品田 悦一 プロフィール

「都など見たくない」という底意

梅花歌群に戻りましょう。序自体には、人生の奥深さに対する感慨は述べられていません。続く三二首の短歌も、

正月むつき立ち春のきたらばかくしこそ梅をきつつ楽しきへめ
(八一五――新年を迎え春が来るたびに、こんなふうに梅を客に迎えて歓を尽くしたい)

やら、

梅の花今盛りなり思ふどち挿頭かざしにしてな今盛りなり
(八二〇――梅の花は今が満開だ。気の合う者どうし髪に飾ろう)

やらと、呑気な歌ばかりが並んでいるのですが、そしてそれは、旅人が大宰府の役人たちの教養の程度に配慮して、「帰田賦」や「蘭亭集序」をふまえることまでは要求しなかったからでしょうが、旅人自身は歌群の読者が先行テキストの内容をも想起するよう期待していたはずです。

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序の末尾近くの一句「古今れ何そ異ならむ」は「蘭亭集序」の「世ことなり事異なりといへども、興懐する所以ゆゑんは其れいついたる」と響き合いますし、上記「員外思故郷歌両首」には、人は老いを避けられないというモチーフが引き込まれています。

わが盛りいたくくたちぬ雲に飛ぶ薬むともまたをちめやも
(八四七――わたしの身の盛りはとうに過ぎてしまった。空飛ぶ仙薬を服用しても若返ることなどありえない)

雲に飛ぶ薬食むよは都見ば賤しきあが身またをちぬべし
(八四八――空飛ぶ仙薬を服用するより、都を見ればこの老いぼれもまた若返るに違いない)

第二首に注意しましょう。

 

帰京しても若返るはずなどないことは分かりきっていますから、「都見ば……またをちぬべし」は明らかに逆説です。「都見ば」という仮定自体がアイロニーなのであり、都など見たくないという底意を読み取るよう読者に求めているのです。

なぜ見たくないのでしょうか。考えられる答えの一つは、待つ人がいないからというものでしょう。じっさい旅人は、大宰府に同伴した妻を着任後まもなく亡くしています。

帰任が迫ったころには、

都なる荒れたる家にひとりば旅にまさりて苦しかるべし
(巻三・四四〇――都にある荒れた家で独り寝をするのは、旅に出ているのより辛いに違いない)

と詠じ、帰京後にも、

人もなき空しき家は草枕旅にまさりて苦しかりけり
(巻三・四五一――あの人がいない空っぽの家は、旅よりも辛い場所なのであった)

と慨嘆していますから、都での孤独な生活を望まなかったというのは、当人の心境としては十分認められる想定でしょう。しかし、それならば〈待つ人もいない都へなど今さら帰ってもしかたない〉と歌えばいいものを、なぜ〈都に帰れば若返るに違いない〉などと屈折した物言いをするのでしょうか。

文芸という見地から言っても、亡妻というモチーフは仏教的無常観となら親和性を持つけれど、梅花歌群の背景にあるような老荘的脱俗思想とは結びつきにくいように思います。 

そこで浮上するのがもう一つの答えです――「帰田賦」にも述べられていたような、政界の腐敗に対する嫌悪。

都はどうなっていたか。皇親勢力の重鎮として旅人が深い信頼を寄せていた左大臣、長屋王――平城京内の邸宅跡から大量の木簡が発見されたことでも有名な人物――が、天平元年つまり梅花宴の前年に、藤原四子(武智麻呂むちまろ房前ふささき宇合うまかい・麻呂)の画策で濡れ衣を着せられ、聖武天皇の皇太子を呪い殺したかどで処刑されるという、いともショッキングな事件が持ち上がったのでした。