天安門事件を語って泣きじゃくる石平と焼酎を飲んだ話

「あの日」から30年目の独白
安田 峰俊 プロフィール

かつての仲間たちの変貌

石平は対談のなかで、かつての北京大学時代の民主化仲間だった数人の中国人たちとの再会と、彼らの近況(2009年ごろ)についても話している。詳しくは書中の記述に譲るが、石平の旧友の一人・E氏は汚職上等の露悪的な政商になり、かつて尊敬する先輩だったG氏は強烈な極左の毛沢東主義者になっていたという。

天安門事件後の中国が迎えた3つの大きな変化は、①経済の自由化と拝金主義の横行、②中国共産党の一党独裁体制の継続と政治改革のタブー化、③求心力を失った共産党が国民をつなぎとめるために打ち出した愛国主義プロパガンダ(反日政策)の横行、という3点である。

 

そう考えてみると、石平の旧友だった政商のE氏は①の拝金主義、極左のG氏は②の改革なき共産党体制という現代中国の特徴を、かなり戯画的かつクレイジーに突き詰めた形で体現した後半生を送っている人物だ。私は書中で、E氏やG氏の話を聞いてこんな感想を述べた。

「かつて純粋で熱心だった人ほど、後半生がどこか壊れているような気がします」

実はこれは石平自身についても同じことが言えまいか? というのが私の推理である。もっと大胆に言えば、「日本人」になってからの石平が選んだ政治的なポジションは、③に挙げた中国国内の反日政策の陰画(ネガ)というか、彼のかつての祖国が選んだ政策に対する最も皮肉なアンチテーゼであるようにも思えるのだ。

※対談2日目終了後。ちょうど春節(中国の旧正月)の時期だったので、水餃子とビャンビャン麺を食べて解散。

石平本人は私のこうした推理について「“安田さんは”そう思うということなんでしょう」と話しており、ちょっと違うという認識らしい。ただ、私の見立てが当たりにせよ外れにせよ、悩める石平にとって意味のある対話ではあったようだ。対談の終了後、彼は以下のように書いている。

私にとってのこの二日間は、精神が壊れてしまうのではないかとの危機に瀕しながら、それを乗り越えて自分自身の魂と向き合った、切迫した二日間だった。自分が往時の仲間と共に体験したあの歴史的大事件の真相と正体を、むしろ第三者の目から見つめ直した貴重な二日間だった。そして、天安門民主化運動の大いなる限界とその偉大なる歴史的意義を再発見したという、達成感満杯の二日間でもあった。>(「まえがき」より)

人間にはいろいろな側面があり、普段表に出ている顔だけがその人物のすべてを表現しているとは限らない。また、ある特定の政治的な属性だけを理由に、人物の面白味を断定することもできない。文化大革命と天安門事件を経験し、日中両国の狭間で人生の半分以上の時間を生きてきた人についてはなおさらだろう。

ともかく、今回の対談のなかには、多くの日本人が知らなかった姿の石平がいる。天安門事件から30年目を迎えた初夏、ご興味を覚えられた方はぜひ手にとってみてほしいと思うのだ。

※2019年4月24日、安田峰俊『八九六四』が第50回「大宅壮一ノンフィクション賞」の最終候補作にノミネートされました。未読の方は同書もあわせてどうぞ。