天安門事件を語って泣きじゃくる石平と焼酎を飲んだ話

「あの日」から30年目の独白

「俺はいつになったら解放されるんだ…」

「中国人はこの思いをわかってくれない。でも、どれだけ身近な相手であっても、普通の日本人では絶対に理解できない」

冠婚葬祭の場以外で、57歳の男がワンワン泣いている姿を見たことがあるだろうか?

私は見た。しかも、相手は数多くの「反中本」の刊行で知られる、あの石平である。

 

ちょうど30年前の1989年、北京で体制改革を訴える学生デモを中国共産党当局が武力鎮圧した六四天安門事件が起きた。一昨年末、私は同事件をテーマにした『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』の取材のために天安門世代の1人である石平に会ったところ、なぜか彼の心の奥に封じられていた重い扉を開けてしまった。2018年2月に『現代ビジネス』サイト上でおこなった以下の対談もその一部である(<天安門事件で空っぽになった石平が語る「その後の人生」>)。

私はその後も何度か石平と会い、やがて天安門事件30周年をテーマに対談書籍を出すことになって、今年2月上旬に奈良県にある彼の仕事場を尋ねた。

だが、対談中の石平は話題が事件の詳細に移るたびに涙目になって沈黙し(なので天安門事件の対談のはずなのに事件の話ができない)、「あの日」に彼が何を思ったのかを尋ねると声を上げて泣き出し、私が近年の中国民主化運動の分裂ぶりに言及しても、やはり不機嫌そうに黙ってしまうのだった。

※天安門広場で発生した武力弾圧について伝える『朝日新聞』1989年6月5日付け朝刊記事。情報が錯綜するなかの報道であり「〜の模様」「〜の可能性がある」といった表現が続く。

往年の中国民主化運動に対する石平の思い入れは凄まじく、彼は当時の天安門のデモで学生グループが出した何本もの声明文をなかば暗記していた。いっぽう、石平の仕事場の本棚には天安門事件に関連した書籍が十数冊以上あったが、その1冊を開いてみると、武力弾圧前後の数日間の記述に該当するページが破り捨ててあった。理由を尋ねても、俯いて無言で首を振るだけである。

やがて本記事の冒頭の言葉が飛び出したのは、1日目の対談を終えて居酒屋でいっしょに焼酎を飲んだときだった。石平は昼間の会話から往年の記憶が蘇ったのか、私や担当編集者と別の話題で談笑しているさなかにも、突然「思い出し泣き」をして、机に突っ伏して声を上げて慟哭する。

そして涙で頬をベトベトにしながら「どうしてああなった」「俺はいつになったら解放されるんだ」と、傍目も構わずつぶやき続けるのである。