「小池都知事にダマされた…」築地への回帰を信じた業者たちの落胆

築地跡地の会議は「蚊帳の外」
川本 大吾 プロフィール

汚染されていることが分かっていた豊洲市場は、東京ガスの工場跡地。かつて石原慎太郎都知事時代に設定された「豊洲の土壌を環境基準以下に抑える」という条件は、その後、都の幹部の間からも「高すぎたハードル」とみる向きもあった。

そもそも豊洲移転が正式決定したのは2001年のこと。それ以降、08年には豊洲市場用地から環境基準の4万3000倍というベンゼンが検出されるなど、安全性への懸念は付きまとってきたが、その後も土壌対策を続け、都は移転に反対する業者らに、「豊洲の安全性に問題はない」といった主張を繰り返してきた。

築地業者の大半は「本音は築地で将来も営業したい」と思っていたが、再整備工事が思うようにできず、1990年代後半に苦渋の決断として、ほとんどの業者団体が移転に応じる方向に転換した経緯がある。

それだけに、移転延期後の汚染物質検出には都に対する批判が集中した。

思わせぶりに「築地を守る」

延期した築地の移転問題を小池知事はどう解決していくのか。

「決められない知事」といった批判が自民党などから出ていただけに、2017年夏の都議選を前に、方向を示す必要に迫られていた。

こうした経緯を経て、都議選の公示日が迫った17年6月中旬、小池知事の姿は築地市場にあった。

「どうしてくれるんだ」と言わんばかりに、眉間にしわを寄せる関係業者が厳しい視線を送る中、小池知事は豊洲市場の土壌汚染問題に関し「皆さんとの約束を現時点でも守れていないことについて、都知事として改めてお詫びします」と10秒ほど深々と頭を下げた。

この後、小池知事は吹っ切れた明るい表情でこう述べた。

「築地には世界にまれに見るブランド力があり、それは皆さんが培ってきた目利きの力。『築地の心意気』によって刻まれてきた歴史。それをあっという間に消し去ることなどできないんです。AかBか(豊洲か築地か)という観点ではなく、これまで育ててきた(築地の)ブランド力をどう守っていくか考えたい」

小池百合子2017年6月17日、築地市場を訪れ、市場関係業者らの前で豊洲の土壌汚染問題について陳謝し、築地ブランドの継続・発展への思いを語った小池百合子都知事(筆者提供)

──こうして小池知事は、築地業者の怒りを「築地も豊洲も」という並立案を示唆することでかわし、築地を後にした。

築地に「新たな市場を」と力説

この3日後、17年の6月20日に都庁で記者会見した小池知事は、築地での説明をなぞるように、築地再開発と豊洲移転の方針を打ち出した。

「築地は守る。豊洲は生かす」というメッセージとともに、築地市場跡地を2020年の東京五輪・パラリンピックの際には輸送拠点などとして活用し、5年後をめどに再開発。「食のテーマパーク機能を有する新たな市場として、東京をけん引する一大拠点とする」(小池知事)と力強く語った。

さらに、築地への業者の復帰に関する記者からの質問に対し「仲卸の方々の中には、やはり築地だからこそ経営が可能だと考える人もいる。そういった方々に対しては、築地へまた復帰される際のお手伝いはさせていただく」(小池知事)と、仲卸への支援策にも言及した。

こうして「築地は守る」という切り札を掲げて、移転問題を前に進めることを決め、都議選を乗り切ったのだ。

当時、小池知事が率いた「都民ファーストの会」が大躍進を遂げたのは記憶に新しい。