# 経済・ビジネス

私の親友が外国人上司に激怒して転職を決意するまで

突然の解雇通告、不当な人事評価……
佐藤 優 プロフィール

豊島君とノーマンCTOとの信頼関係は完全に崩れ去っていた。しかし、あおぞら銀行を去るに当たってノーマンのことを悪しざまに言って去るのは下品だと思ったので、黙っていることにした。肝心のことを口にしていないから、山形部長も馬場副社長も豊島君が辞める理由が理解できなかったかもしれない。

 

馬場副社長は、もう1回山形部長に相談するようにと言った。豊島君は副社長の指示に従ってもう一度山形部長と話し合った。しかし結論が変わることはなかった。

ただし、退職の時期が1ヵ月遅くなった。11月末で退職のつもりでいたのだが、この時期に金融庁検査が入ることになったことを理由に、12月末まで延ばすことができないかと言われたので、それには応じたのである。ゆうちょ銀行にも相談して12月末でのあおぞら銀行退職が決まった。

辞めるときにわかる「かけがえのない財産」

後に残された部下たちのことを想うと、自分だけが敵前逃亡するようで、本当に申し訳なかった。送別会も辞退して、こっそりとあおぞら銀行を去るつもりでいたが、それではみんなが許してくれなかった。

府中で開催された元AIS社員が中心となった送別会には、本当にたくさんの同僚や部下が来てくれた。こんな形であおぞら銀行を去っていくのに、仲間たちが温かい気持ちで送り出してくれる。涙が出るくらいうれしかった。

一般論として、子会社の社員は本社の社員のことを快く思わないものだ。親会社側にそのような意識がなくても、子会社の社員から見ればどうしても親会社の社員の立場が上に見えてしまう。給料も子会社の社員の方が安い。

一方で仕事は親会社の社員よりも自分たちの方がやっているとの自負がある。だから表面では業務命令に従いながらも、内心は快く思っていないというのが普通の姿だ。豊島君に対してそういう気持ちを持っている人もいたと思う。

しかし、多くの元AISの社員が豊島君の送別会に来てくれた。これだけで自分のあおぞら銀行での苦労は十分に報われたと豊島君は思った。

最後に府中のコンピューターセンターを去る日にも、大きな会議室に同僚が集まってくれた。豊島君は一人一人と言葉を交わし、感謝の気持ちを一杯に込めて一人一人と握手をして別れた。みんな力強く手を握り返してくれた。

こんないい人たちを残して自分だけ逃げていくようで本当に申し訳なく思った。AISが解散となるときに、一人でも多くの社員をゆうちょ銀行に転籍できないかと奔走していた豊島君の姿勢は、正当に評価されていたのだ。

ノーマンCTOに突然解雇を言い渡された社員に対しても、自分も解雇されるかもしれない危険を冒してでもすぐに彼らのために動いたことも、きっと心の中でわかってくれていたのだと思う。

豊島君は私に「僕は、あおぞら銀行で、かけがえのない財産を得ることができたと思っている。それは、心から信頼できる仲間たちを得たということだ。親会社の人間なのに、子会社の人たちの仲間として同等に扱ってもらっている」と言った。

あおぞら銀行関係者との付き合いは、豊島君がこの銀行を離れてから7年になる今も続いている。

​(記事にあわせて本文の一部を修整しています)