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野球だけじゃなかった!甲子園球場で行われていた「意外な競技大会」

イチカバチカの競技企画だった

今年で95年の歴史

第91回選抜高等学校野球大会が4月3日、幕を閉じた。記念すべき「平成最後のセンバツ」王者は、30年前、平成最初のセンバツ優勝校でもある愛知・東邦となった。

春夏の高校野球の舞台であり、阪神タイガースのホームグラウンドでもある甲子園球場。日本初の大規模多目的野球場として大正13(1924)年8月1日に誕生し、戦禍や震災をもくぐり抜け、いまや“現役最高齢”の野球場となっている。

1924年当時の甲子園球場の様子(Photo by gettyimages)

甲子園球場は東京の明治神宮野球場と並び「野球の聖地」と称されるように、一般人にとっては野球のイメージが強い。だが実は、当初の名称は「甲子園大運動場」。つまり、単なる野球場ではなく、サッカーやラグビーといったあらゆるスポーツにも対応した「総合競技場」として設計されていたのだ。

事実、現在の全国高等学校ラグビーフットボール大会や全国高等学校サッカー選手権大会の前身である日本フットボール優勝大会も、ここ甲子園球場で行われたことがある。

なかでも、甲子園球場で開催された最も意外なスポーツの大会といえば、「全日本選抜スキー・ジャンプ大会」だ。雪に恵まれない大都市の市民にスキー競技をアピールすることを目的に開催された同大会。その会場として選ばれたのが、甲子園球場だったのだ。

 

最初の開催は昭和13(1938)年1月9日。球場の左中間スタンドに高さ30mの木造のやぐらを作り、その上に新潟県の妙高山麓などから運ばれた雪を敷き詰めて、ジャンプ台を特設した。当日雨が降って、雪が溶けてしまえば、文字通り水泡に帰すイチかバチかの企画だったが、大会は無事に成功。4万人もの観客が集まったという。

この第1回大会の成功を受けて、翌年も甲子園球場で大会が行われた。だが、遠方から雪を運ぶ輸送費が莫大だったため、開催されたのは、わずか2年だけだった。

まだテレビもなかった時代。鮮やかなスキーのジャンプを間近で見ることができた当時の観客たちは、まさに幸運といえるだろう。(栗)

『週刊現代』2019年4月27日・5月4日号より