イースターの日は、みんなどうやってお祝いしているの?

自殺や絶望から救われる「復活の物語」
石黒 マリーローズ

イースターにラムを食べる理由

 “イースター・ラムーー完璧なローストディナーの作り方”

これは、2018年3月31日付のタイムズ紙に付けられていた見出しです。この日は2018年の聖土曜日に当たっており、同じ新聞の別の紙面には次のような記事が載せられていました。“イースター・ラム−シェフによる完璧なローストの作り方”というのが、“フード”欄に掲載されていた2ページにわたる記事に付けられた見出しでした。

 

雑学として、イエスが屠られた子羊であることが、イースターに世界中の多くの人々がラム(子羊)を食べる理由のひとつであることを、知っておかれるとよいでしょう。

もちろん、世界中のすべての人がそうするわけではありませんが、“こんがり焼いたビーツ添えラム”、“じゃがいも添えラムの肩肉”、“ハリッサ風味のラム腰肉とさつまいも”……などがつくられるのです。

このように、イースターについては、あまりにも多くの側面があります。

去年のイースターであった4月2日のオーストラリアの新聞“The Age”には、とあるマンガが載りました。“イースターのビルビー国勢調査”がその大きな漫画の題名で、右肩にショルダーバッグをかけた男性が、ビルビーの近くに座っている様子が描かれていたのです。

その男のショルダーバッグには、2018年ビルビー国勢調査と書かれており、コンピュータのようなものを持っていました。彼は、卵でいっぱいの大きなバッグを左側に置いた、くつろいだ様子のビルビーに向かって話しかけました。

「先週、何か仕事をしましたか?」それが、イースター・ビルビーに対する質問でした。一匹のイースター・ビルビーの答えはこうでした。

「イースターのチョコレートを運んでいました」

実に面白い話ですが、それはイースターの習慣を知っている人に限られます。この場合のように、新聞のマンガを楽しむためにすら、キリスト教文化における常識が必要なのです。

悪の犠牲者たちを救う

芸術や歴史、言語は、聖書と深く結びついています。

イースターの物語の場合には、それに先立つ磔刑があります。その原因となったのは、数の暴力や冤罪、憎しみ、未熟さ、不正、誤った判決、侮辱し、義人に唾を吐きかける(マタイによる福音書27章30節)、といった世界中の人々の日常生活の中で身近に起こり得る、すべての悪なのです。

イースターは、世界中にいる悪の犠牲者たちを、自殺や絶望から救うことができます。イエスの受難は世界中どこにでも見られる光景であり、しかも、どこか遠いところで起こっているのではなく、近所や職場……など、私たちのすぐそばで起こっていることなのです。

たしかに世の中には善も存在していますが、同時に悪もまた形作られているのです。“この世の地獄”とは、ただの言い回しではなく、実際に起こっていることなのです。

イエスの物語は、その言葉の中で、多くの人々に選択の余地を与えてくれます。イエスを見倣うのか、あるいはイエスを憎んで十字架につけた人々を見倣うのか。十字架は単なるアクセサリーではなく、人生において正しい選択をしたいと願っている人々にとって、リマインダーでもあるのです。

もし、憎しみ、独善、中傷、いじめ、偏見、殺人……などが減り、それらが、愛、さらにもっともっと多くの愛、兄弟愛、姉妹愛、口先だけでなく心からの“イースターおめでとう”という、幸福を願う言葉に置き換えられるのであれば、それはなんと素晴らしいことでしょう! 

Happy Easter!