「太ったままでいる権利を守る!」米国で起きた肥満を巡る闘争の軌跡

ファット・アクセプタンス運動とは何か
碇 陽子 プロフィール

かれらの運動の目的は、肥満差別を廃絶することである。肥満差別は、太った人に対する「意志が弱く、怠惰で、愚かだ」という偏見に基づいていて、あらゆる場面で起きうる。

「超太った」「痩せないと」という会話(ファット・トークと言われる)から、職場、教育現場、医療機関でのいじめや嘲笑、差別まで、あらゆるタイプのものがある。

特に、医療専門家による肥満差別は、患者に与えるストレスなどを考えるとかなり深刻だと言われている。医療機関でまさかそんなことが起きるわけが無いと思うかもしれないが、私の調査でも、風邪を引いても、喉が痛くても、癌になっても、その状態を太っていることに結びつけて判断するような偏見を持つ医師が多いという声を聞いた。

〔PHOTO〕iStock

肥満差別は差別として認識されづらい。なぜなら、太っていて受ける差別や偏見が嫌なら、痩せればいいじゃないかと考える人が多いからだ。女性差別が嫌なら男になればいいという人はいないように、肥満差別が他のタイプの差別とは違うことが分かるだろう。

とはいえ、ダイエットはうまくいかないし、そもそも、体重や体型で差別されるなんて人権侵害だと立ち上がったのがファット・アクセプタンス運動の人たちなのだ。かれらは減量によって自分の身体を変えるのではなく、太っていることを恥ずべきものだと見る人々の考えを変革しようとしている。

ファット・アクセプタンス運動の人の中には、ボディ・ポジティブではまだ足りないと言う人もいる。ちょっとぽっちゃりしている身体を多様な身体として受け入れることが、「多様性を受け入れている自分」に心地よさを与えるだけになってしまわないかと危惧する。

つまり、「普通」のサイズから2〜3大きい洋服のサイズくらいまでは許容するけれど、例えば、サイズ20以上(日本サイズの23)の人や体重200キログラムの大きな身体の人は許容できない、体重100キロくらいまではいいけれど、なんとなくそれ以上は許容できないというのであれば、真の意味で多様性を受け入れているとは言えない

ファット・アクセプタンス運動には、100キロはもちろん、200キロを超える人たちが多い。こうした議論を展開するかれらの運動に立ちはだかるのが、「肥満は不健康だ」という考えだ。この記事では深く立ち入らないが、確かに、肥満は糖尿病や心臓病、様々な病気を引き起こす要因になると言われるし、それは疑いようのない事実のようにも思える。

その考えに科学的にどう対抗していくかは、運動でも大きな問題だ。

 

健康観の多様性

この記事では、太っているのが嫌だから減量することと、身体サイズの多様性を受け入れようという二つの正反対の潮流があることを紹介してきた。

ダイエットは成功しないということが明らかになってきた今、肥満手術とファット・アクセプタンス運動やボディ・ポジティブという考え方のどちらがメインストリームになっていくだろうか。

一見、極端な対立で、日本に住む我々には関係のない問題のように見えるかもしれない。しかし、この対立は、健康観や多様性と権利の擁護といった重要な観点を含んでいる。こうした観点に注視するなら、我々にとっても無関係とは言えないかもしれない。