# 戦争 # 日韓関係 # 松尾文夫

天皇を「わが友」と呼んだジャーナリストがいた

決して冗談やレトリックではない
伊藤 智永 プロフィール

戦後和解への自覚

ところで、取材相手としてお目にかかった松尾さんは、同じ昭和史でも別の関心事を熱心に語った。戦後和解の重要性についてである。

ドイツ東部の古都ドレスデン(旧東ドイツ)では第二次大戦末、夜間無差別爆撃で一夜にして約3万5000人が殺りくされ、町のシンボルである聖母教会もがれきと化した。

冷戦の終わりに教会の再建が始まり、見事復元された戦後50年、大虐殺の犠牲者を追悼する式典には、町を破壊した英米軍トップや英国の王族らが招かれた。主催した東西統一ドイツ大統領は「死者への哀悼は、文明の起源までさかのぼる人間感情の表現です」と50年目の「戦後和解」を厳かに宣言した。

共同通信子会社社長だった松尾さんは米国出張中、テレビで見た式典のニュースに衝撃を受けた。

少年時代、松尾さんは東京を初めて空襲した米軍のドーリットル爆撃機と遭遇している。疎開先の福井市では大空襲を命からがら生き延びた。戦争を経験した最後の世代として根源的な疑問にとらわれたという。

日本は戦後の同盟国アメリカと、いつ、どうやって和解したのだろう。侵略した中国とはどうか。ロシアや韓国・北朝鮮とはまだできていない。そもそも日本はなぜ負けたのか、なぜアメリカと戦ったのか。こだわりを追求する思いが高じ、68歳にして現役ジャーナリストに復帰した。

松尾文夫氏

死者に哀悼の誠を

日米和解といっても何をすればいいのか。

米大統領は広島を訪れて原爆による死者のため祈って欲しい。日本の首相は真珠湾で祈るべきだ。太平洋戦争の始まりと終わりの死者を悼む相互献花こそ和解の儀式にふさわしい。両国内の抵抗や反発に配慮し、あえて言葉による謝罪は求めない。ただ死者に祈る。それすらなければ、たとえ同盟が深化しても、それは偽りの同盟である。戦争の死者を悼むことなく、反省などありえない。反省なしに不戦の誓いもありえない。まず死者に哀悼の誠を捧げなければならない。

活動を再開して間もなく、著書『銃を持つ民主主義 アメリカという国のなりたち』(小学館、2004年)が第52回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。米国の新聞に大統領の広島献花を求めて寄稿するなど活躍はめざましかった。

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