内田篤人は「チャンスをモノにする力」をこうして身に着けた

『悲痛と希望の3144日』

先月『内田篤人 悲痛と希望の3144日』という書籍を上梓した。その名の通り、2010年夏に内田篤人がドイツ・ブンデスリーガの強豪シャルケ04に移籍してから、18 年1月に鹿島アントラーズに戻り、本が出版される直前の2月の出来事までを追うという内容なのだが、彼の足跡を振り返りあらためて考えさせられることがたくさんあった。

その中でも、「チャンスをつかむ」ということについては心に残るものがあった。チャンス、特に一番最初のチャンスをいかにつかむかということに、アスリートがいかに注力し、砕心しているかには素直に感嘆せざるを得なかった。

 

ドイツでの洗礼をチャンスに変えた男

ピンチのあとにチャンスがやってくる、などという日本語の言い方があるが内田の場合もそうだった。内田の場合はピンチともなりえた試練を乗り越えたことで、その試練をチャンスに転じさせることができたのだった。

10年7月の上旬だった。ドイツに到着し、スタジアムやクラブ施設と同じ敷地内にあるホテルに荷物を下ろした。普通に考えれば、メディカルチェックや、会見、幹部とのちょっとしたミーティングなどを行ってからチームの練習には参加するものだろう。だが、内田の場合は違った。翌日、まだドイツについてから24時間もたたないうちに練習試合に先発させられたのだ。

シーズン開幕まで1ヵ月以上ある時期の練習試合には、いろいろな意味合いがある。まずは戦力テスト的な、個人の力を見極め、戦術を構築していくためのスタート地点である。この後シーズンが始まるまでに放出される選手もいるだろうし、まだメンバーの欠けているポジションもある。そんな中で選手たちのアピール、メンバー争いが早くも始まるのだ。

また、ドイツでは開幕までまだ時間のあるこの夏の時期の練習試合には、そういったスポーツ面、サッカー面以外の意味合いもある。この手の練習試合は1部リーグのクラブが、近郊の田舎町をまるで巡業のように、出向いて行うことが多い。

出向く先は下部リーグのチーム。小さなスタジアムで、セキュリティも緩く試合が終わったらファンがピッチに溢れてしまうような環境ではあるが、そんなふれあいを大切にしながらシーズンが始まるご挨拶がわりの練習試合でもあるのだ。

ドイツでは、スタジアムは森や公園に囲まれていることが多く、周辺にはビールやソーセージの屋台が出て、子供達が駆け回り、大人が談笑する。その様子はさながら夏祭りのようなのである。

そんな練習試合で、渡独から24時間経たないうちに内田は先発させられた。本人も異例の事態に半信半疑で、実際に先発すると知ったのはピッチに立ってからだと言う。

この先発を、大きなチャンスを与えられたと解釈することもできる。一方で、当時22歳とはいえ、日本からのロングフライトで疲労しているはずの人間を先発させるというのは、ちょっと普通ではない。無理をさせるような場面ではないのだ。そのあとに行われるキャンプなどでいくらでも実力を見る機会はある。アウェイの洗礼、などという言葉は最近はあまり耳にしないような気もするが、この時はある種の洗礼だったわけだ。

試されていることはあきらかで、いわば失礼な値踏みであり、門前払いする口実を作ったとも言える。だが、内田はこのチャンスをものにした。悪くないプレーでチームにそのクオリティを見せつけることに成功した。その後、開幕戦こそスタメンを逃したが、第2節からはスタメンの座をつかんだのだ。

渡独、翌日の練習試合という流れ、当時の感触をあらためて本人に聞いても、

「うーん、別に。普通」

といった具合である。言外にどんなニュアンスが含まれるのか汲み取りきれないが、特に怒るわけでもなく喜ぶわけでもない。特別なことではなく、淡々とこなしたという感じなのだ。