義足がなくても移動できる

もうひとつ理由があった。

いつの間にか、私は義足がなくても移動ができるようになっていたのだ。太腿までしかない短い両足を交互に動かすことで、お尻をすりながら前に進めるようになっていた。

おもちゃがたくさん置いてある部屋のまん中で、パンツ一枚になってお座りをしている私。母の距離はおよそ2メートルで、そこには哺乳瓶が置いてある。私はミルクが飲みたい一心で足を動かし、少しずつ前に進んでいく。

1歳の夏ごろの映像には、母が持っている輪投げのおもちゃを取りに行く場面もあった。どうやら母は、私が興味を覚えそうなものを利用しながら、巧みに私の運動能力を引き出してくれたようだ。

自分の足である程度の移動ができるようになっていた私にとって、義足は足枷のように感じられたのかもしれない。

「義足は倒れそうだし、怖いな」

「平行棒の中でしか歩けないよ」

映像に映る私の憮然とした表情は、そんな気持ちを実によく伝えている。

プールで遊ぶ幼いころの乙武氏。義足がなくても行動範囲が広がっていた

しかし、そんなことはおかまいなしに歩行訓練は続いた。平行棒は育成室にも備えられていて、週に一度、理学療法士の先生が育成室まできてくれては義足の練習が行われた。

よくよく思い返せば、私はとても恵まれていた。多くの補装具や自助具を発達段階に応じて開発してもらっていた。多くの先生に指導してもらった。改めて感謝の意を表したい。