「若大将の息子」が、加山姓を継ぐことを決意するまでの葛藤を明かす

きっかけは、光進丸火災沈没事件だった
現代ビジネス編集部 プロフィール

魂が抜けたように衰弱していった父

2018年4月1日夜、静岡県西伊豆町安良里漁港沖に停泊中だった、父・加山雄三の愛船「光進丸」が炎上、3日後に沈没したのだ。

 

「あの日は、親父の沖縄でのコンサートがあって、僕が同行していました。

ちょうど、コンサートが終わって、打ち上げが始まろうとしているときでした。さあ、乾杯というときに、僕の携帯が鳴ったんです。ぱっと出たら、おふくろからで、『たいへん、光進丸が燃えてる』という一報でした。

思わず『えっ!』って大きなリアクションしてしまい、その表情を見て、親父は何かを悟ったようでした。でも、その場には、ゲストの南こうせつさん始め、たくさんの人がいるから、おふくろには「こっちからかけ直す」と伝え、心配顔のみんなには、『仕事の話です』とごまかして、とりあえず乾杯しました」

乾杯の後、すぐに店の外に出て、電話をかけ直すと、船は全焼の勢いだという。現場近くの造船所の人に電話をかけて、「どうなってますか?」と聞いても、向こうもてんやわんやで、「燃えてる! うわー、どうしよう」と叫ぶ声や消防車のサイレンの音が携帯越しにじゃんじゃん聞こえてきた。

「そのあと、親父と一緒にホテルに帰り、部屋にマネジャーも呼んで、『冷静になって聞いてくれ』と前置きしてから、『今、光進丸が火事になって燃えてる』と伝えました。

親父は、一瞬、絶句したあと、『さっき、おまえの顔を見たとき、かあさんになんかあったのかと思った。かあさんは大丈夫なんだよな』と確認して、『でも、誰も乗っていなくて良かった。家族やスタッフのほうが俺には大事だからな』と言ったんです。

親父にとって『光進丸』はかけがえのないものです。それが燃えていると聞いた瞬間に家族や仲間を気遣える親父にぐっときました」

光進丸の火災の件は、既にマスコミにも知れ渡っており、その対応も考えなくてはならず、翌日朝、東京へ帰るはずだった飛行機の便を夕方に変更して、すべての取材は、羽田空港で受けることになった。

「親父は取材に冷静に対応してくれたんですが、実はそのあとがたいへんだったんです。

親父は、がっくり落ち込んでしまいました。寝込んでしまって、起き上がれなくなってしまったんです。

医者に往診にきてもらい、自宅で点滴をうってもらいながら治療していたんですが、まるで魂が抜けたようにどんどん衰弱していきました。しばらくは、立ち上がるのもたいへんで、トイレに行くのもままならず、家族が交代しながらつきっきりで看病する状態でした」

倒れた1週間後には、ハワイでのコンサートの仕事が入っていた。3週間で7ステージが予定されていた。今からキャンセルすることはできない。この状態でどこまで歌えるかわからないが、なんとかハワイに行ける状態まで回復してもらわなければならない。家族は懸命に看病した。