「若大将の息子」が、加山姓を継ぐことを決意するまでの葛藤を明かす

きっかけは、光進丸火災沈没事件だった
現代ビジネス編集部 プロフィール

手の平を返したように態度を変える人もいた

こうして、「加山雄三の息子」を消し去った「俳優・山下徹大」が誕生する。無名の若手男優としてデビューしたことによって、決して愉快ではないが、貴重な経験もさせてもらったという。

 

「山下徹大でデビューしたことによって、人の心の裏側が垣間見えることがありました。

20代の頃は、現場で無名の若手として扱われる。それが当然なんですが、何かのきっかけで『加山雄三の息子』だとわかったとたんに、手の平を返したように態度を変える人も中にはいます。

あるバラエティー番組に初めて出たときに、収録前にすべての出演者の楽屋を回って挨拶したんですが、あるベテランの方にものすごく不機嫌な態度で無視されたんです。こっちはぺーぺーの役者だから仕方ないと思ったし、たまたま機嫌が悪かったのかもしれません。

ところが、収録中に司会者の方が親父のことに触れながら、僕をいじりだしたとたんに、その人の表情が見る見る変わっていくんですよ。いったん収録が止まったら、すかさず寄ってきて、『加山さんにこんな素敵な息子さんがいるなんて知らなかった』なんて言い出すんです。まあ、コントみたいな話ですよね。

そういう経験はいい勉強になりました。自分は決してそんな裏表がある人間にはなるまいと心の底から思いましたから」

ドラマ『プライド』(フジテレビ系)では、キムタクのライバル役を演じた

20代、30代と役者としての経験を積み重ね、不惑を迎えようとする頃に、徹の心に変化が訪れる。

「役者として仕事をしていくなかで、親父に対する見方が変わってきたんです。

自分が行き詰まったり壁にぶつかったりしながら役者稼業を続けるうちに、加山雄三がいつまでもかっこよく、世間が期待する若大将でいるために、親父がどれだけの努力をしているかがだんだん見えるようになってきた。

年を取れば取るほど、その努力はたいへんです。ステージであれだけのパフォーマンスを見せるために、楽器だって今でもものすごく練習しているんです。一流のアーティストがここまでやるのかとあきれるくらいやっています。

その努力は、子どもの頃には見えませんでしたが、大人になってからは、一番近いところでずっと見続けてきました。表側に見えるかっこよさを維持するために、裏側でものすごく努力している姿を見ていたら、デビューした頃のこだわりやつっぱりがどうでもよくなってきたんです」

父と共にステージたったこともあった

周りから「加山雄三の息子」というレッテルで見られることへの反発は、いつのまにかきれいに消え去っていた。そんなときに、事件が起こる。