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GAFA帝国への抗い デジタル・プラットフォームの未来を問い直す

無茶ぶりエッセイ お題は「必要悪」!
東大教授2人(佐倉統先生、水越伸先生)に編集者3人が無茶ぶりエッセイを依頼する「2×3」企画、2日連続配信の今回のテーマは「必要悪」。水越伸先生は、私たちの生活に不可欠なものとなったデジタルインフラの収益構造に斬り込んで──。

民放はこうやって稼いでいた

1990年代まで大学のマスコミュニケーション論の授業でよく取り上げられた話題に、「民間放送(民放)はどうやって稼いでいるのか」というのがあった。民放テレビはタダで見られると多くの人々は思い込んでいたからだ。

たとえば4月に上京して一人暮らしを始めた大学生がいたとしよう。家電量販店でテレビ受像機を買ってくる(90年代までテレビは必需品だった)。アンテナやケーブルテレビに接続し、電源を入れるとテレビは映る。テレビを見るためにはお金はかからない。今でも同じである。

ここからが民放とNHKで異なってくる。しばらく暮らしていると、NHKの人がピンポーンとチャイムを鳴らしてやってきて、受信料を支払ってくださいという。大学生はちょっとまごつき、NHKは見ていないからなどと言い訳する。しかしそういう若者に慣れた受信料徴収員に縷々説明され、渋々納得する。実家にいたころは親が支払っていたので、学生が受信料という仕組みを知るのはこの時が初めてになる。

ちなみに2018年度のNHKの事業収入は約7200億円で、その98%が視聴者からの受信料収入である。

では民放はどうか。受信料徴収員のような人はいつまでたってもやってこない。視聴者が民放テレビを見ること自体は、たしかにタダなのである。

では民放はどうやって稼いでいるのか。誰が番組制作費や人件費を支払っているのか。それは広告主である。

このあたりから大学教員は、少なくとも小一時間は熱を入れて講義をしたのだった。

すなわち民放は広告収入を財源としている(一部衛星放送などをのぞく)。広告主は多くの場合、民間企業である。民放は広告主から入る広告費で事業をまかなっているので、視聴者からお金は徴収しない。だから私たちはタダだと思ってしまうのだ。

しかし実際には、広告主が民放に支払う広告費が商品価格に含まれている。私たちがインスタントラーメンやプレハブ住宅を買う時、広告費が上乗せされた価格を支払っているわけだ。

90年代の大学教員は、民放の財源システムが必然的にもたらしうる番組内容の商業主義化を論じたはずだ。

報道番組で広告主の企業を批判するニュースは出しにくい。アクションものでは広告主のクルマが活躍し、ライバル企業のクルマがボコボコにされ、その印象は無意識のうちに視聴者=消費者心理に影響する、などと。しかし広告以外の財源システムはなかなかうまく働かず、それは必要悪なのだと。

こうして当時の学生たちは、授業中に居眠りさえしなければ、放送事業の財源問題の重要性を理解することができたのである。

2019年現在、テレビは黄昏れていて、テレビ研究自体にもノスタルジーが漂っている。大学生の必需品はスマートフォンであり、LINEであり、Instagramだ。

今の大学生たちが民放はどうやって稼いでいるかという問いに正確に答えられるだろうか。90年代よりも答えられなくなっているかもしれない。

我々はデジタル労働者である

それでは今や生活環境の一部と化しているGoogle、amazon、facebookなどデジタル・プラットフォーム(以下、プラットフォーム企業)はどうやって稼いでいるのだろうか。

たとえばfacebookを考えてみよう。