新鮮な食材が作る生活リズム

顔なじみのムッシュやマダムから手渡しで受け取った新鮮な野菜や果物、肉や魚。生鮮食品の数々が、冷蔵庫の中から指令を発している。ある日のマルシェで二つだけ買った真っ赤に熟れたトマトがこういう。今が食べごろ、オリーブオイルとヴィネガーのドレッシングをかけて召し上がれ。そのときに冷蔵庫でとなりに並んでいるパセリを細かくきざんで、トマトの上に散らすのも忘れずにと。

すると骨付きで買った子羊肉が頭に浮かび、その晩の献立のできあがり。次の日はキュウリが指令を発し、白身の魚と乳製品専門店で量り売りで買った生クリームがものをいう。

フライパンでバターを溶かし、飲みかけの白ワインをほんの少したらしてから生クリームを足して即席のソースを作り、ソテーした白身魚にかけろと。前菜は簡単に、キュウリだけのサラダにしよう。

所変われば品変わる。フランスのキュウリは直径5センチ、長さが30センチもあるジャンボ・キュウリばかりだから、よほどの人数でなければ一本を一度で食べきることはない。二人ならせいぜい半分の皮をむいて輪切りにし、ドレッシングで和えて前菜にする。ソテーした白身魚にバターと生クリームのブール・ブラン・ソースをかければメイン・ディッシュのできあがり。なんともヘルシーなディナーの準備が、ものの数分でできあがる。

食材の物語を知る楽しさ

もしも白身魚がスーパーで売られている箱入りの冷凍食品だったとしたら、そんな指令を発しはしない。箱のすみに印刷された賞味期限が切れるまで、急いで食卓にのせる必要がないからだ。冷凍庫に保存されている冷凍食品に助けられることもあるけれど、それはマルシェにいけないような予期せぬハプニングがあったときだけ。冷凍庫に無言で控える冷凍食品の出番は、生活のリズムが狂った場合である。

冷蔵庫の中の新鮮な食材とパリっ子のコミュニケーションは、次のマルシェの日まで続けられる。買った野菜や果物、肉や魚を残さず食べ切ってしまうサイクルが、マルシェの開催日と重なっているからだ。そしてパリっ子たちは、一キロの値段の横に産地が記された黒い板に目をとめ、いつかバカンスで訪れた村や町に思いをはせる。自分の国が名にし負う農業国だということを誇りにしている彼らは、子供のころから、野菜や果物、鶏肉、牛肉の特産地を熟知している。

乳白色のカリフラワーとアーティチョークは、ブルターニュ産にちがいない。幼いころ、両親といったブルターニュの海岸沿いの県道で、農家の主婦たちがバカンス客相手に売っていたカリフラワー。中央山塊のオーヴェルニュ地方を旅したときに覚えた生ハムと同じ味を、マルシェで探す。赤や黄色のプラムは、文豪バルザックの『谷間の百合』という小説に出てくる、ロワール川に沿って広がる果樹園で採れたもの。親友を招いた週末のディナーはちょっと奢ってリムーザン産の牛肉にしよう。

食べ物の物語を知ると、より一層楽しくなる Photo by iStock

食べきる分だけムダなく買えるのもマルシェの魅力なら、一つ一つの食材にまつわるエピソードのおまけがつくのもまた魅力。薄利多売のスーパーも価格面で捨てがたいものの、マルシェの楽しさにはとてもかなわない。雨が降っても雪の日も、青空の日も10年1日のごとく店を出す人々との肩の凝らないコミュニケーションが、新鮮な食材をさらに美味しくする。ムダなく新鮮、和やかムードで心豊かに買い物ができる青空マルシェは、経済的で精神を安定させる、フランス人にとってのパラダイスでもある。

そして最後に、マルシェには売り手と買い手、または同じマルシェに集まる客同士のコミュニケーションというおまけがつく。

個人主義だといわれがちな彼らが、マルシェを介して集まることで感じる生活の高揚感こそジョア・ド・ヴィーブル、究極の「生きる歓び」につながる。
 

日本が大好きだから、そしてフランスも大好きだから、そのいい所を思う存分真似したら、もっと幸せになるんじゃない? 底抜けに明るく優しく、かつ鋭い視点をもつ吉村葉子さんが20年間のフランス生活を振り返ってまとめたエッセイ集。考え方ひとつで不幸だと思っていたことも幸せになるし、人生は楽しくなる! その中から厳選したエッセイを特別に今後も限定公開予定。お楽しみに!