不安もストレスもなかったのに?

その翌日も再び、「死ぬに違いない」という発作が発生した。なんでまたこんな発作が起きるのだろう、と考えるほど、耳から首の後ろにかけて、蟻が無数に這うようなザワザワとした感覚に襲われる。また、頭を狭い箱に入れられるような感覚の頭痛や浮遊感のあるめまいがずっと続いてしまう。発作が起きるかと思うと怖くて眠れない。恐怖と不眠と精神的な疲れで、死人のような表情で、心療内科に向かった。

心療内科の診断結果はパニック障害(現在はパニック症とも言われるが、当時はこの呼び方が一般的)だった。まずは安定剤で様子をみましょう、と言われたが、あの「死ぬに違いない」感覚は二度と体験したくない。あの感覚がなくなるなら投薬でもなんでもすると医師に訴えた。たった2度の発作だったが、それほど私にとっては恐ろしいものだった。結局医師は、パキシル(SSRI/選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と安定剤を処方してくれた。

しかし、私には解せないことがあった。当時の私の理解では、パニック症は、強いストレスや不安を感じているとき、ネガティブな感情が引き金となって、症状が出てくるものだと思っていた。でも、私はやりたい仕事が実現できて、仕事に燃えていた。やりたい企画が次々浮かんで、疲れを感じることもなく、やる気スイッチがガッチリ入った状態だったのだ。

医師から問診で、「ストレスを感じることはありませんでしたか?」と聞かれても、「ありません。新しく始まったことが楽しくて、楽しくて、夢中になっていたのに……」と言うしかなかった。するとその医師からは、思わぬ返事がきたのだ。

楽しいこともストレスになることがあるんです。特に新しいことは、今までと違う環境に慣れるのに夢中で、心も体も知らぬ間にストレスを受けていることがあるんですね。確かに、身近な人の死や離婚などは大きなストレスですが、一見幸せに思う、結婚や妊娠、昇進がストレスになることもあるんですよ。また、楽しいことは楽しいが故にブレーキが効かない。アクセルを踏みすぎて、無理をしていたのかもしれませんね」

そう言われ、客観的に自分をみると、首と肩はパンパンになっていた。全身に力が入っているのがわかった。両手をギュッと握り締め、手のひらには爪の跡が赤く色づき、医師の話も奥歯をグッと噛み締めながら聞いている自分がいた。

「少し力を抜いてみましょうか。大丈夫ですよ。ゆっくり治していきましょう。パニック症状で死んでしまうことはありませんよ」という医師の言葉に、フワッと体がゆるみ、締めていた蛇口が緩むように、涙がとめどなく流れていった。

美容室が怖い。予期不安の恐怖

最初は軽いパニック症と思っていたが、結局、投薬は5年間続いた。しかし、それで完治したわけではない。今も、睡眠不足が続いたりや生理前になると耳と首の後ろに不快なザワザワ感が押し寄せる。

「ヤツがやってくる……」、これはパニック発作がやってくるかもしれないという「予期不安」というものだ。私の場合、仰向けに横になるとこのザワザワ感に襲われるため、パニック症を発症してからは、右側を下にする姿勢でしか横になれなくなってしまった。

しかし、思わぬところに盲点があった。美容室だ。カット前のシャンプー台では、仰向けになり、洗髪を行う。ある日、美容室でシャンプー台に座ってからこのことに気づいた。「ヤバイ……!!どうしよう!」そう思うほど、予期不安のザワザワ感がやってくる。

「もしも、ここで発作が起きてしまったらどうしよう」、「スタッフに迷惑をかけてしまう」、そう思うほど、ザワザワ感はますます強くなる。もう耐えられない! と「すみません、トイレに行きたくなってしまって」と言って、常備していた安定剤をトイレで1錠飲んだ。今は、美容室も気にならなくなってきたが、仰向けにならない、椅子型のシャンプー台を選べる美容室を選択している。