思わず好きになる!? みんなが知らない数学の「別の顔」

人生の決断、ビジネスの判断に役立つ!
志村 史夫 プロフィール

「自然は数学の言葉で書かれている」のか?

私は、数学あるいは数式を「外国語」の一種だと思っている。

外国へいったとき、外国語ができなくてもなんとかなるだろうが、多少でも外国語を理解できたほうが何かと便利だし、滞在中の楽しみも格段に拡がる。

それと同じように、数学あるいは数式という「外国語」は、自然現象のみならず社会現象を理解するのに大いに役立ってくれるものなのだ。

ただし、数学(“数”の学問)は、「自然」を理解するうえできわめて有力な「外国語」ではあるが、“数”というものが、自然界に存在するわけではない。

数学という「言語」も、すべての言語と同様に、百パーセント人間によって創られたものである。

したがって、「自然の書物は数学の言葉によって書かれている」というガリレイの言葉は、注意して読まなければならない。

ガリレオ・ガリレイ Photo by iStock

自然科学が対象とするのは、自然界に起こっている現象、すなわち自然の実態であるが、“数”および“数学”は、あくまで人間によって創られたものである。じつに興味深いことに、人間が頭の中で創り上げた数学と自然現象そのものとのあいだに、きわめて深いつながりがあり、それは先ほどの「物体の落下現象」などで見たとおりである。

私には、このことが不思議で仕方ない。

じつは、「自然界に法則というものが存在するのかしないのか」は大きな問題なのであるが、「法則がある」と仮定して組み立てたのが、人間が創り上げた科学であり、数学なのである。

夏目漱石の孫弟子(寺田寅彦の弟子)で、「雪の研究」で世界的に有名な中谷宇吉郎(なかや・うきちろう、1900~62)の言葉を借りれば、「自然界から現在の科学に適した面を抜き出して、法則をつくっている(『科学の方法』岩波新書、1958)ということもできるだろう。

中谷宇吉郎 Photo by Kodansha Photo Archive

いうまでもないことだが、自然科学を進めるのは人間であるし、自然科学という学問は自然と人間とのつながりでできるものである。長年、実験物理学の分野で仕事をしてきた私は、そのことを痛感する(拙著『自然現象はなぜ数式で記述できるのか』PHP サイエンス・ワールド新書、2010)

科学と技術、どう違う?

ここで、数学と科学・技術・工学との関係を考えてみよう。

ひと口に“科学”といっても、自然科学のほかに社会科学や人文科学があり、数学はいずれの科学においても重要な役割を果たしている(だから、「文系の人」にも数学は必要である!)。

ここで考えるのは、自然界の法則や真理を秩序立てた知識、そしてそれを追求する自然科学である。

自然科学が対象とするのは、自然界に起こっている現象、あるいは自然の実態なので、自然科学は“自然を認識・理解する学問”といってもよいだろう。そして、自然科学の本質は、自然を対象にした知的好奇心を満足させることであり、自然科学という学問を進展させる最も基本的な駆動力は、その知的好奇心であると思う。

この点が、明確な、そして具体的、物質的な目的と損得・経済観念を持つ“技術”と、大きく異なることである。