私たちはなぜワクチンを怖がってしまうのか? 進化論的に考えたら

無茶ぶりエッセイ お題は「必要悪」!
佐倉 統 プロフィール

人の心と身体は今の時代にはまったく合っていない

このように、ぼくたち人間の心と体は、今の人工的な環境に合うようには作られていない。もっと過酷で生きにくい環境に適応している。

それがどういう環境だったかというのを想像してもらうために、死亡率を見てみよう。

今は、生まれてすぐ命を落とす赤ちゃんはほとんどいないし、90%ぐらいの人が60歳ぐらいまで生きる時代だ(厚生労働省の簡易生命表が毎年発表されているが、この数字はわかりにくいので、わかりやすく編集してある図にリンクをはっておく。さすが生命保険屋さん、わかりやすい→http://www.hoken-mammoth.jp/knowledge/toukei/c07.php

だけど、このように死亡率がきわめて低くなったのは、人類史上ごく最近、20世紀の半ばから後半のことなのだ。

生存曲線のグラフ
生存曲線のグラフ(『平成7年版 環境白書』より)

このグラフの「石器時代」の曲線を見ていただきたい。生まれてすぐに、新生児1000人のうちの生存数が800人から700人ぐらいにまで減っている。

つまり、生後2ー3年の間に、20%から30%の赤ちゃんが死ぬのだ。18世紀になってもこの値は大して変わっていない。

3人か4人赤ちゃんを生んだら、そのうちの1人が1歳にならずに死ぬ。そういうことだ。ぼくたちの身体と心は、そうい環境を生き抜くようにできている。

赤ちゃんが1歳を過ぎたら安心かというとそんな生やさしい話ではない。就学年齢(6歳)の石器時代での生存率はおおよそ60%ぐらい、成人式を迎える20歳のところは40%ぐらいである。

生まれたばかりの赤ちゃんが10人いるとして、小学校に上がるまで生き残っているのがわずか6人。その6人のうち成人式を迎えることができるのは、4人だけ。

1クラス30人として、20人だけが大人になれるのだ。あとの10人の同級生は、20歳になれずに死んでしまうのだ。

今の時代からは想像もつかない、過酷な世界である。だけどこれが、ぼくたちの祖先が長い間生きてきた世界である。ぼくたちの身体と心は、このような時代の状況にこそ適応している。

もちろん人々の生存率は徐々に改善されてきたわけだが、それでも、このグラフで1891-1900年のところを見ると、20歳での生存数は8割をちょっと切るぐらいである。19世紀末になっても、10人に2人は成人式を迎えることができないのが普通だったのだ。

こんな世界を行きぬくために、ぼくたちの祖先はさまざまな性質を進化させてきた(もちろん因果関係は逆で、適応的な性質──そういう心理的傾向や肥満遺伝子など──を獲得した個体が生き残ってきたわけである)。

先ほどの甘いもの好きという性質もそのひとつだ。高カロリーの食べ物をガシガシ食べて、エネルギーと脂肪をじゃんじゃん蓄えておこう、と。

繰り返しになるけれども、だから、ダイエットがうまく行かなくても、それはぼくの意志が弱いのではない! 人類の進化そのものの帰結なのである!!

スイーツPhoto by PhotoAC

リスクの「感じ方」の「とらえ方」

人間の心が持っている進化的特徴が現代社会でいろいろな問題を引き起こすもうひとつの典型例は、リスクに対する感じ方である。

人間のリスクの心理的な評価が、数理的な評価と一致しないことは、よく知られている。自転車事故のリスクは小さく感じるし、飛行機事故のそれは大きく感じる。バイオハザードのリスクは大きく感じるが、プールで溺れ死ぬリスクは小さく感じる。