ぼくはお菓子が大好きである
Q あなたにとっての「必要悪」は何ですか?
A 甘いお菓子(とくに生クリーム系)です。
[回答者:佐倉統]
根っからの甘党なので、スイーツは我が人生に欠くべからざる存在だ。お菓子のない人生なんて無味乾燥すぎる。
でも、つい食べすぎて、体重が増えてしまう。我慢するストレスはかえって身体に悪いと自己正当化してお菓子をパクついては、激しい自己嫌悪に陥る。
で、目下、ダイエット絶賛進行中。去年の11月から始めて7kg落としたが、ここのところ横ばいが続いている。
お前の意志が弱いだけじゃないかとせせら笑ったあなた、しかし考えてみていただきたい。「必要悪」なんて矛盾した存在は、必要とか悪とか判断する基準にどこか「抜け」があるから生じるのだ。
そうでなければ「必要だから良いものだ」あるいは「悪いものだから不必要だ」ですむ話である。
そうはならないのは、相互に矛盾する価値判断基準が並存しているからである。その並存を許容しているのが、お菓子の場合はぼくの意思の弱さである。
しかしそれだけだと癪なので、もう少し理屈を考えてみよう。

甘い食べ物が好きなのは、ぼくだけではない。多くの人が程度の差こそあれ、甘いお菓子や果物は好んで食べる。きっと、これを読んでくださっている読者の8割ぐらいも好きなのではないかと予想する。
人間以外の動物の味覚の研究は、ようやく最近になってその分子機構を明らかにしつつある。霊長類、とくに旧世界ザル(チンパンジーなどの類人猿やニホンザルなどのマカカ類、ヒヒ類など)はおおむね甘味を好むようだが、果物を食べずに葉っぱばかり食べるサルたちや、アメリカ大陸のサルたちは甘味受容体が欠けていると言われている。
葉っぱを食べるなら甘味が好きでなくても問題ないというわけだ(参照:前橋健二「甘味の基礎知識」)。哺乳類でもネコのなかまは甘味受容体が欠落していて、甘いものに興味がないらしい(参照:川端二功ほか「動物の味覚受容体」)。肉食には甘味は必要ないというわけか。
このように、ぼくを含む人間の甘い物好きには、れっきとした生物学的な背景がある。
そもそも人類が進化してきた数十万年から数万年前の自然環境では、甘い食べ物といえば果物ぐらいのものである。果物はチンパンジーはじめ多くのサルも大好きだが、カロリーも栄養価も高く、貴重な食料だ。おまけに実りの時期が短いものが多い。食べられるときに一気に食べておかないと、食べ損ねてしまう。
だからぼくたちは甘い食べ物を好み、一気にどか食いして皮下脂肪として蓄え、食糧事情が悪い状況が続いても耐えられるように進化してきた。
人間の心には、このような進化的特徴が刻み込まれている。
心だけではない。身体も同じだ。最近注目されている肥満遺伝子は、果糖を脂肪に変換しやすくするはたらきをする。人類とチンパンジーなど大型類人猿の共通祖先において、尿酸を分解する遺伝子に突然変異が生じ、肥満遺伝子になったといわれている(参照:R.J. ジョンソン&P. アンドリュース「姿現す肥満遺伝子」 )。
ダイエットする側からしたら、なんと余計なことをしてくれたのだ、この突然変異は! と罵倒したくもなるが、ぼくたちの祖先はこの肥満遺伝子のおかげで飢餓を生き延びることができたのだ。
今ぼくたちがいるのは、この突然変異のおかげと言ってもいいかもしれない。
ぼくが生クリームが好きなのは、人類進化500万年の必然的な帰結なのだな。単に意志が弱いという話ではない、と。