日本の生産性が低いのは、我々が「合理性」を憎んでいるからだった

こうして我々の国は貧しくなった

1人当たりの平均年間総実労働時間を見ると、1980年代の日本は2000時間を超えて先進諸国で圧倒的に長かったが、2015年には1719時間まで減少してアメリカ(1790時間)と逆転した。

それにもかかわらず、日本の15~64歳の男性は世界でもっとも長時間労働をしている。なぜこんなことになるかというと、短時間労働の非正規雇用が増える一方で、そのしわ寄せが正社員の長時間労働とサービス残業につながっているからだ。

これをまとめると、日本のサラリーマンは世界(主要先進国)でいちばん仕事が嫌いで会社を憎んでいるが、世界でいちばん長時間労働しており、それにもかかわらず世界でいちばん労働生産性が低いということになる。これがかつての経済大国・日本の「真の姿」だ。

だがこの国ではこの30年間、右(保守派)も左(リベラル)もほぼすべての知識人が「アメリカ」や「グローバリズム」に呪詛の言葉を投げつけ、年功序列・終身雇用の日本的雇用慣行こそが日本人を幸福にしてきたとして、「(正社員の)雇用破壊を許すな」と叫びつづけてきた。事実(ファクト)に照らせば、こうした主張はすべてデタラメだ。日本的雇用=日本の社会の仕組みこそが、日本人を不幸にした元凶なのだ。

 

生産性が高い工場を海外へ移転

経済学者の深尾京司氏は、『「失われた20年」と日本経済 構造的原因と再生への原動力の解明』(日本経済新聞出版社)で次のような興味深い事実を指摘している。

1990年に存在した42.5万の工場のうち56%にあたる23.9万の工場が2003年までに閉鎖された。新設された工場は10.1万しかなく、結果的に工場数は28.6万へと1990年に比べて33%減少した。

次にこの工場を生産性で分類したところ、「生産性がもっとも低いグループ」では4.25万の工場のうち73%にあたる3.10万が消滅した。ここまでは誰もが当然だと思うだろうが、不思議なのは、「生産性がもっとも高いグループ」でも、4.24万の工場のうち47%にあたる2.00万が消滅していることだ。

生産性の低い工場が閉鎖され、生産性の高い工場が増えれば、国全体の生産性は上がる。ところが日本では、生産性の高い工場も同時に閉鎖されたためにこの効果がはたらかず、生産性が低迷したというのだ。

なぜこんなことになったのか。その理由は大企業が安価な労働力を求めて工場を海外に移転したことと、国内での生産拡大を子会社に移してリストラを進めたことだ。その結果、一部の製造業で生産性が高まったものの、その効果は全体には波及しなかった。

アメリカでは社歴の若いベンチャー企業が多くの雇用を創出したが、日本は開業率がきわめて低いため同様の効果はなかった。外資系企業は生産性が高いが、日本経済は対内直接投資が少なく、外資による雇用創出も期待できなかった。

ここから見えてくるのは、大企業は日本を見捨てて海外に出ていき、ベンチャー企業は育たず、外資系企業は日本に参入できず、結果として大企業のリストラと非正規への置き換えだけが進んだという残念な現実だ。

こうしてパイが縮小するなかでそれぞれの利害が対立することになり、日本はぎすぎすした社会になっていった。保守派やネトウヨ(日本人アイデンティティ主義者)は「韓国・中国」に罵詈雑言を浴びせるが、彼らがゆたかになったことと、自分たちが貧乏になったことはなんの関係もない。