フランスでなぜ「同性婚」が認められたのか、その根本的理由

カギは男女平等の進展にあった
石田 久仁子 プロフィール

「擬似生殖モデル」という壁

しかし、このような、共通の新たな法的親子関係が成立しうるためには、完全養子縁組(日本の特別養子縁組みに相当)やドナーを介した生殖補助医療で生まれた子どもとの法的親子関係の基盤にある、「擬似生殖モデル」を根本から問い直さなければならない。

「擬似生殖モデル」では、両親カップルの間で実際に生殖がなかったにもかかわらず、あたかもあったかのように取り繕われる。だから完全養子縁組であれば、生みの親が出生証明書から消去され、ドナーを介した生殖補助医療であれば、ドナーが消去される。どちらもこのモデルにおいては、余計な存在なのだ。

同性カップルがこの医療から排除されるのは、「擬似生殖モデル」とは相容れないからである。

このモデルにかえて、今日の家族や生殖補助医療のありのままの現実に向き合い、各人が自らの行為に責任をもつという意味での「責任原則」に根ざした親子関係を構想しなければならない、とテリーは言う。責任モデルとは一体どのようなものだろう。

新しい家族のモデルを模索する

それは、懐胎・出産のプロセスに関与したすべての人(これまで消去されてきた完全養子縁組における生みの親や生殖補助医療における精子・卵子の提供者も含まれる。代理母出産はフランスでは禁止されているので、当面、代理母は含まれない)の役割を明確にすることからなる。

このモデルにしたがって、例えば人工授精に関わる3人の役割を、具体的に順を追って確認してみよう。

まずこの医療を受けるカップルである。カップルの一方は生殖に関わるから、「生物学的親」であることは間違いない。

 

もう一方(異性カップルなら男性、レズビアン・カップルなら女性)は生殖には関わらない。だが親になるという明確な意思をもち、この医療制度の中で子どもが生を受けるプロセス、妊娠・誕生に至るまでの、生殖を除く、全プロセスに、パートナーとともに、自らの責任において関わる。したがって、この二人が生まれてくる子どもの法的な親であると定義される。

〔PHOTO〕iStock

テリーは、本当の親をめぐる議論において対立していた生物学的親と意思による親という二つの価値が、このカップルの中で、分かちがたく結びついていることを指摘する。ここには、先に述べた「加算の論理」が体現されているのだ。

ドナーはどう考えたらよいのか。擬似生殖モデルでは、ドナーは「生殖のための取り替え可能な材料」を提供するにすぎない。だがそれでも法律上の父の潜在的なライバルであり、父にとっては、常に脅威の存在だった(ドナーは「本当の親」と見なされる危険があるからだ。逆に、親になるつもりのないドナーも、そうみなされることは避けたい)。

しかし責任モデルでは、生殖に関わりはしても、親とは見なされない。ここで重要なことは、これまで考慮されてこなかった精子を提供するという行為自体に人間的な意味と価値が与えられていることだ。ドナーは、彼が譲渡する生殖能力のおかげで「生命が伝達され、新たな小さな人間が誕生することを可能にするかけがえのない人間」として再定義される。

このように3人の役割を区別することによって、出自と親子関係の明確な区別が可能になる。この医療で生まれた子どもが出自を知ろうとすることは、あくまで「自らの歴史の空白を埋める」作業なのであり、「本当の親」探しではないということが認められ、出自を知る権利が保障される。