フランスでなぜ「同性婚」が認められたのか、その根本的理由

カギは男女平等の進展にあった
石田 久仁子 プロフィール

男女平等で、結婚と家族が変わった

まずはフランスでどのように男女平等が進展していったかをおさえておこう。

フランス革命以後の近代の結婚には二つの特徴があった。それは、「夫婦の序列的補完性」(夫の権威の下で、夫婦が各々の役割を担い相互に補完しあう関係性)と、妻の産んだ子を夫の子とみなす父子関係の推定(日本の嫡出推定に相当)である。

母は出産によって見分けられる。だが父はどう見分けるのか。そこで考え出されたのが、夫という身分によって見分けられるようにする父子関係の推定だったのだ。裏を返せば、婚姻外関係から生まれた子どもへの父の責任は回避される。

著名な民法学者、ジャン・カルボニエの「結婚の中枢はカップルではなく、父子関係の推定にある」の言葉が示すように、制度がどのように整備されているかを考えると、結婚とは「夫に子どもを与える」ための制度だったと、テリーはいう。だからこそ、そもそも生殖のできない同性カップルには結婚の道は閉ざされていたということだ。

しかし、戦後、とりわけ1970年前後からの男女平等の進展によって、結婚は根本から変化していく。

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1970年代に入り、男女平等に根ざした一連の民法改正が行われた。

父権に代わって父と母の二人に平等に親権が付与され、相互同意離婚が認められ(それまでは、どちらか一方が婚姻上の義務に反する重大な有責行為がなければ、離婚できなかった)、完全養子縁組制度も整備され、女性に最終的な決定権を与えた人工妊娠中絶が合法化された。

それが、女性の教育レベルの上昇や労働市場進出によってすでに始まっていた「カップル関係の平等化」や、結婚、家族の民主化を促した。法律上の婚外子差別も、いくつかの段階をへて、2005年に完全に消滅する。

結婚と親子関係の切り離しが起き、今では生まれる子の半数以上が婚外子である。結婚はもはや社会の規範、「しなければならないもの」ではなく、するかしないかは個人の自由、個人の意識の問題となった。テリーが「脱結婚」と名付けた現象である。

結婚の中心は、かつての「父子関係の推定」から「対等で自由なカップル関係」へ移行した。

 

同時に、離婚後やカップル解消後の共同親権も確立したことで、親子関係こそが、相互同意離婚で解消可能になった「婚姻カップル」に代わり、父にとっても母にとっても、生涯続くことが唯一保障された関係となった。人々にとって、親子関係はますます重要になっていく。

こうして男女平等が進み、「脱結婚」が一般化し、家族の形が自由になるなかで、1990年代末に、先に触れたパックスがまず制度化されたことは、知られておいてよいだろう。