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母から「冷たい息子」と呼ばれて、うつになった44歳男性の悲劇

父親を献身介護して看取った末に
太田 差惠子 プロフィール

実家は古い戸建てで、和室が4部屋に台所と茶の間。都会の住宅とは違い、とにかく広いのです。その広い空間に1人残された母親は、孤独に陥ったのかもしれません。「さみしい」という言葉を発することがありました。

「こっちで暮らせない?」と母親

ある日、カズヤさんは母親に電話を掛けたときのことです。電話越しに、母親が、「また、こっちで暮らせない?」と言いました。

「ギョッとしました。母親がそれを望んでいることは気付いていましたが、聞きたくなかった。即、却下しました」とカズヤさん。それから間もなく帰省したところ、母親は思いつめた表情でカズヤさんに詰め寄りました。

「お父さんの介護では戻ってきてくれたのに、どうして私の介護では戻ってきてくれないの」

 

要介護認定を受けたといっても、最も軽度の「要支援1」です。「母には悪いけれど、そんなことでは帰れません。やっと介護から解放されたんです。今度同居したら、僕が1人で看ることになる。全部僕がやることになります。仕事だって続けられなくなるかもしれない」とカズヤさん。

とはいえ、カズヤさんは、実家住まいには戻らないものの、母親を励ますため、その後も概ね月に1回は週末を使って帰省を続けました。そんなある日曜日の朝、カズヤさんは、母親の買い物に同行していました。

〔photo〕iStock

牛乳やトイレットペーパーなど重いモノ、かさのあるモノを持ち歩いていると、実家の隣人とバッタリ出くわしました。「親孝行な息子さんで幸せね」と隣人が言いました。

「普通は、そう思うでしょ。しかし、母は、隣人の言葉にうなずかないのです。隣人は、怪訝そうな表情で何度も言ってくれていましたが、それでも憮然として、ついには、『私が1人になったら東京に戻っちゃって。親孝行なんてとんでもない。冷たい息子よ』って言ったんですよ」とカズヤさんは言います。

母親からの「冷たい息子」という言葉には、さすがに打ちのめされたと言います。

「これまでの数年間を否定されたように感じました。以来、夜寝ても、2時間くらいで目が覚めるし、週末が近づくと体調が悪くて……。特に、土曜の朝は、鉛のように身体が重くベッドから出られないんです。『うつ病』ですね。

母は、父が死んで、僕がほっとしたことを見透かしていたのかもしれません。確かに、母の言う通り薄情者ですから……。考えると頭の中がぐちゃぐちゃしてきて、わーっと叫びたくなります。心療内科に行ったほうがいいかなと迷っています」