2019.04.09
# アメリカ

2020年米大統領選の候補も危惧…世界を覆う「加速主義」的な現実

それは希望か、絶望か
木澤 佐登志 プロフィール

加速主義は「大学院生の病」か?

この90年代ランドらの加速主義に見られる「積極的ニヒリズム」と呼ぶべき傾向は、マーガレット・サッチャーの格言「この道しかない」(There is No Alternative)に象徴される、資本主義のオルタナティブは不可能であるし、想像することすらできないという、資本主義リアリズムの一端を示している。資本主義の終わりより世界の終わりを想像するほうがたやすい。

〔PHOTO〕iStock

なお、ベンジャミン・ノイズはこれらランド流の加速主義を「大学院生の病」(postgraduate disorder)と総括している。これから厳しい就職戦線に放り出され、そして死ぬまで労働の奴隷となる運命の大学院生たちに、加速主義は一種のイデオロギー的ストックホルム症候群を与える。

ストックホルム症候群とは、犯罪の現場で被害者(大学院生)が自身の生存戦略のため加害者(資本主義)と心理的にポジティブな繋がりを築くことだ。つまり加速主義は、終わりなき資本主義のホラーを、疎外と解体と消尽の享楽へと変容させるのである。

だが、加速主義は2000年代後半頃を境にひとつの転換期を迎える。2008年にはリーマンショックが起こり、いよいよネオリベラル資本主義の末期的な局面が顕わになってきた時期にあたる。

前述したように、同時期にベンジャミン・ノイズが「加速主義」というタームを案出し、70年代のドゥルーズやリオタール、90年代のニック・ランドらの思想を批判しはじめたのだった。

そして、2010年9月、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジにおいて加速主義についてのシンポジウムが開催される。ベンジャミン・ノイズをはじめ、前出のニック・スルニチェクとアレックス・ウィリアムズ、『資本主義リアリズム』で知られる批評家マーク・フィッシャー、哲学者レイ・ブラシエ、そして出版社アーバノミックの編集長ロビン・マッケイなどが登壇した(なお、このうちフィッシャーとブラシエとマッケイは90年代にCCRUに参加していた過去を持つ)。

このシンポジウムは、ニック・ランドの90年代の文章を集めた著書『Fanged Noumena』の刊行に合わせる形で開かれたこともあり、ランド的な加速主義の批判的乗り越えがひとつの中心的なトークテーマになった。

 

ピーター・ティールとの共振

こうした流れから、加速主義における右派リバタリアニズム的側面への批判的検討を加えながら、しかし同時に加速主義の別の可能性を探すような議論が出てきた。

たとえばニック・スルニチェクらは、ランドは「加速」と「速度」を混同していると批判する。脳死状態におけるスピード狂的突進ではなく、操縦を伴う加速こそが重要なのだと説く。左派加速主義には、彼らなりの加速主義の批判的継承といった意味合いがあった。

資本主義の終わり、そしてその先に到来するポスト資本主義のビジョンを明確に思い描くこと。ソビエト崩壊以降、左派には「未来」が失われていた。そう、「未来」は今やふたたび発明され直さなければならないのだ。同時にそれは、グローバルなネオリベラル資本主義を乗り越えるオルタナティブなものでなければならない。

ここでもう一度、冒頭に紹介した大統領選の候補者、アンドリュー・ヤンを想起しよう。彼が提唱する政策からも、ネオリベラル資本主義へのオルタナティブを提出しなければならないという意識が感じられる。その意味では、アメリカという超大国の大統領候補もまた、ソビエト崩壊以降の「未来が失われた世界」という社会観を共有する一人であるように見える。

失われた未来に取り憑かれているのは何も左派だけではない。起業家のピーター・ティールは「僕たちは空飛ぶクルマがほしかったのに、手に入ったのは140文字だった」と言った。アメリカは60年代のアポロ計画で月に行った。ゆくゆくは空飛ぶクルマも発明されるに違いないと幼いティールは信じていた。

しかしそんな未来は訪れず、気づけば私たちが手にしていたのは手のひらに収まる小型端末とツイッターだけだった。ティールは「アメリカをふたたび偉大に(Make America Great Again)」をスローガンに掲げるドナルド・トランプを支持した。

過去に埋没する「実現されなかった未来」は亡霊のように現在に取り憑き私たちを悩ましてやまない。インタビューの中で「私たちは未来を発明しなければなりません」と語ったマーク・フィッシャーは、他方で亡霊の力を信じていた。それは未だ実現していない潜勢力を含みながら、失われた未来として現在に取り憑き、そして実際に未来を改変する可能性を秘めているという。

「起きなかったこと」を決して諦めないこと、それは果たして未来を切り拓く礎になるのだろうか。

関連記事