2019.04.09
# アメリカ

2020年米大統領選の候補も危惧…世界を覆う「加速主義」的な現実

それは希望か、絶望か
木澤 佐登志 プロフィール

国家も民主主義も要らない

90年代になると、こうした加速主義的な思想を肯定し、さらにラディカルに突き詰めた哲学者が現れる。それがニック・ランドである。

このニーチェやドゥルーズ&ガタリから影響を受けたイギリスの哲学者は、資本主義の暴力的な力を加速度的にドライヴさせることで未知の〈外部〉へのアクセスを目指す思想を、熱に浮かされたような狂乱的な文体とともに打ち出していた。

ランドにとって、資本主義とは閉じたポジティブ・フィードバックの回路であり、また惑星規模の人工知能でもあった。その崇高な機械仕掛けは、限界のない怪物的な力で人間主体を駆逐していく。ランドは言う。「人間、それは乗り越えられるべき何か、すなわち悩みの種であり重荷である」(「Meltdown」)。

〔PHOTO〕iStock

ランドの徹底したアンチ・ヒューマニズムは、サイバネティクス、バイオテクノロジー、サイバーパンクSFなどを取り込みながら未来から侵食してくるシンギュラリティを歓待する。それは加速のプロセスにとって足枷でしかない肥大化した国家や民主主義やヒューマニズムといった近代主義の規範体系をメルトダウンさせていく。プロセスの目的とはプロセスそれ自体である。

1995年、ランドはウォーリック大学の哲学部において、学生らとともにサイバネティック文化研究ユニット(CCRU)を設立する。彼らはクラブカルチャーやサイエンスフィクションを横断しながら、資本主義の黙示録的な速度を秘教的な文体とともに祝いだ。

CCRUは徐々にランドというカリスマを取り囲むカルト的な集団と化していった。彼らはウォーリック市内のレミントン・スパにあるザ・ボディショップの上階に部屋を借り、そこを活動拠点にした。

数秘学、ラブクラフトのクトゥルフ神話、そしてアレイスター・クロウリー(彼もレミントン・スパの出身だった)の魔術からなる混沌とした思索と実験が重ねられた。壁にはランドと彼の学生が描いた無数のオカルティックな図形が残されていた。

「歴史の終わり」がもたらしたもの

90年代という時代にニック・ランドのような哲学者やCCRUが現れたことの意味について考えたい。1989年にベルリンの壁が崩れ、政治学者フランシス・フクヤマは「歴史の終わり」を宣言した。一方で、地球の反対側では中国が市場経済化を急ピッチに進め資本主義大国の一員に加わろうとしていた。

90年代、それは共産主義というユートピアが不可能になった時代であり、グローバルなネオリベラル資本主義が最終的な勝利を収めたと見られた時代であった。

 

ニック・ランドは94年の「メルトダウン」という文章の中で、「ネオ・チャイナは未来から到来する」と書きつけた。ランドは98年に大学を退職したのち、上海に移住している。加速した果てにある西洋近代の〈外部〉を、『ブレードランナー』を思わせる上海の摩天楼に彼は見出したのだった。

こうした、資本主義やテクノロジーの加速にとって進歩主義的な民主政治や人権意識は足枷であるという観点から中国を理想視する見方は「中華未来主義」と呼ばれている。

このように、ニック・ランドとCCRUの思想の背景には、ソビエトの崩壊とそれに伴う左派の弱体化、そして改革開放によって後押しされた中国の台頭などがあった。

共産主義というプログラムが不可能になった時代にあっては、資本主義に対する唯一のラディカルな姿勢は今や資本主義への徹底した内在――すなわち資本主義の非人間的かつ破壊的なスピードを宿命論的に享楽すること以外にない。もちろん、その先に共産主義が到来することはない。

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