Photo by iStock
# 東京マネー戦記

「こんな仕事…」と不満を漏らす新入社員に、大仕事を任せてみたら

東京マネー戦記【9】2013年

希望と自信を胸に、今年も多くの新入社員がビジネスパーソンとしての一歩を踏み出した。「早く大きな仕事がしたい」「自分なら、きっとできるはず」そんな思いをぶつけてきた新人に、証券ディーラーの「ぼく」は、ある顧客を任せてみることにしたが…。

証券会社の内幕を描く「東京マネー戦記」第9回。

(監修/町田哲也

 

破綻寸前まで追い込まれた企業の念願

金利がゼロに向けて低下しはじめたのは、2013年のことだった。

景気を上向かせるために、日銀は金利の引き下げを続けていた。新しく就任した黒田東彦総裁は、日銀の国債購入量を年間50兆円まで増やすことで、長期金利をさらに低下させる方針だという。異次元緩和といわれた積極的な金融政策に、マーケットは大きく反応した。

金利低下は企業の調達コスト減少を通じて、投資の拡大につながることが期待されていた。日銀に背中を押されるように、社債発行を検討する企業からの問い合わせが徐々に増加していた。

Photo by iStock

当時ぼくが時間を割いていたのが、アパレルのI社への対応だった。

かつて創業から数年で東証に上場して脚光を浴びたI社は、リーマンショック後の業績悪化で、4年ほど前に経営破綻寸前まで追い込まれていた。社長の個人資産の売却で危機を乗り切って以来、I社の株価はふたたび上昇に転じていた。

社債市場に復帰するのが、I社にとっての念願だった。資金調達を成功させて、信用力が回復した姿を世のなかにアピールしたいという。ぼくは先方の事務局に呼び出され、調達方針を伝えられていた。

「ここまで金利が下がったんや、どうにかできんかなあ」

先方の手塚という白髪頭の担当部長は、応接室に入るなりそう切り出した。独裁型で知られるI社の社長に意見をいえるのは、社内で手塚しかいないというほどの古株だった。

「今までにないチャンスだと思います。高い利回りを得られるものがなくなって、投資家はリスクを取る動きに出やすくなるでしょうね」

「うちが社債を出したら、利回りはどんだけ払えばええんや?」

「そこが悩ましいところです」

一度市場から退場を余儀なくされた企業がマーケットに復帰するむずかしさは、過去に何度も経験していた。

原因は明らかだった。買える投資家が少ないのだ。過去に損をした経験のある銘柄は、どうしても内部で購入を反対する声が高まりやすい。

I社もそうした、いわくつきの銘柄となって久しい。投資家の心理的なハードルは依然として高いままだった。

「見当もつかんのか?」

「今のところレベルの問題ではないように思えます。御社とは取引できないという投資家が、まだ多いのが現実です」

「うちに原因があるいうことやな」

「感情的な問題なんですけどね」

「仕方ないやろ。そんだけわしらが不義理をしたいうことや。

俺ももうすぐ定年や。マーケットから締め出されたままで辞めるのは、悔しくてな。このままじゃ身を引くにも引けんわ。

あんたに知っておいて欲しいんは、マーケットに戻ることがうちの会社の悲願いうことや。必要なら何でもするから、遠慮せずにいってくれや」

手塚は丁寧に頭を下げると、立ち上がった。