大阪ダブル選に感じるモヤモヤの正体〜勇気ある行動か、横暴な決断か

代表者の役割とは何か?
早川 誠 プロフィール

メタ政治を問い続けることはできるか

ただ問題は、制度の幅いっぱいを使う手法にはそれ相応のリスクもある、ということだ。普通の選挙とは言ったが、もともと代表を制約するという制度の本旨からすれば、クロス選挙はやはり逸脱である。制約のための制度が、制約にならない形で使用されれば、制度の信頼性は傷つけられる。この点は、選挙の勝敗がどちらに転んでも変わらない。

その意味で、クロス選挙は、単に都構想という政策上の争点への賛否を問うだけではなく、選挙という制度の信頼性をも問わざるを得ない。制度は、安定して運用されるからこそ、制約としての役割を果たすことができる。

もし、制度の本旨から逸脱してでも代表の独自性や創造性を重視すべきではないか、と有権者のメタ政治観を問い続けるならば、それは最終的に、選挙など意味はないのだから突破力のある政治家に任せるのが最善だ、というメッセージに行き着きかねない。

もっとも、代表への制約を一回緩めるという“蟻の一穴”が即座に制度を崩壊させるわけではないし、もしかしたら一穴目だけで二穴目の心配はないのかもしれない。しかし、住民投票は一度実施され、結論は一度出ている。今回のクロス選挙は、少なくとも住民投票という大きな選択を一度した後に、さらに、それも異例の形で、同じ争点にかかわる選挙を重ねるものだ。そのことは頭に入れておいてもよい。

 

大阪から学べること

政治は、一つには新しい可能性を切り拓くための技術である。有権者に対し、制度を有効に活用して創造的な将来像を示すことは、代表たる政治家の使命でもある。

それでも、その制度の活用が徐々に制度への信頼を蝕む時、代表たる政治家は制約を免れて、いわば“善良な独裁者”へと変貌するかもしれない。その“善良な独裁者”が生じるリスクをどの程度と見るか、リスクをどの程度まで受け入れるのか、あるいはむしろ実行力のない政治家と意義の感じられない制度ならば“善良な独裁者”の方が望ましいと考えるのか。

こうした論点について判断を迫られるのは、今後大阪だけにとどまらないだろう。人口減少や高齢化に直面する中、この先政治家の創意工夫を必要としない自治体などおそらく存在しない。見物人を気取っている余裕はないのだ。私を含めて、大阪ダブル選挙については、論評するよりもまず学ぶことの方がはるかに多いのである。