日本の子どもは、教育によって貧しくなっているという「強烈な皮肉」

OECDで最低クラスの教育予算の意味
竹信 三恵子 プロフィール

「貧困の通路」を「経済的自立の通路」に

背景には、日本の教育予算の低さがある。OECD(経済協力開発機構)の2018年版「図表でみる教育」によると、2015年のOECD加盟国の国内総生産(GDP)の教育機関に対する公的支出の割合は、日本は2.9%にすぎない。比較可能な34か国中で最下位だ。

文科省事務次官を務めた前川喜平氏はインタビュー(2017年9月16日号『週刊東洋経済』)のなかで、小泉政権下の「三位一体改革」の際、教育や福祉などの「人件費」が削減の標的にされたと述べている。

この分野は「ナショナルミニマム(国民的最低保障)」であるために金額が多く、削減の度合いが見えやすかったことで狙われ、所管する厚労省や文科省が「義務教育の質が低下する」などと抵抗すると、「省益のために負担金を手放さない、とめちゃくちゃ悪口を言われ」て抑え込まれたという。

 

こうした状況を転換するには、教育を取り巻くさまざまな仕組みの転換が不可欠だ。

まず、見かけの失業率を下げるための質の低い雇用の増加政策でなく、生活できる雇用へ向けた雇用の質の引き上げを政策の中心に掲げ、「企業がもうかること」だけでなく「多数の一般の人が経済的に自立できること」を産業政策の必須要件とすることだ。

そのためには負荷価値の高い産業を開発できる層を増やし、低所得層出身の人々もこれに従事できるための教育予算の引き上げが必要だ。

特に、中流が貧困化しつつあるいま、「教育は親の甲斐性」という教育観を改め、社会が子供の教育を支える仕組みを取らなければ質の高い産業を支える労働力は減少し、国内産業は衰退の一途をたどりかねない。

次に、会社に入れてもらうことを主眼とする「キャリア教育」だけでなく、仕事に就いた後、質の高い働き方を現場から支えるための「労働権教育」も車の両輪として推進することが必要だ。

現在の「働き方改革」は、過労死の認定基準すれすれの残業上限規制や、肝心の基本給での差別を是正しにくい「日本型同一労働同一賃金」など、「企業ファースト」の側面が強い。これを「働き手ファースト」に変えていくには、働き手がどんな権利があるかを知って最大限に生かすための労働権教育が必須だからだ。

最近は、「AI(人口知能)で働き手はいらなくなるんだって」と、働く当事者自身が嬉しそうに語っている場面に出くわすことが増えている。

「労働権教育」は、こうした無責任な傍観者としての働き手ではなく、ロボット税をはじめ、「いらなくなる」働き手が生活していくための方策を真剣に考える人材としての働き手づくりにつながる。

「貧困の通路」となりつつある教育を、「経済的自立の通路」として取り戻し、再構築することが、いま求められている。