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日本の子どもは、教育によって貧しくなっているという「強烈な皮肉」

OECDで最低クラスの教育予算の意味

教育を受けることは、人々を貧困から脱出させるものと考えられてきた。だがいま日本では、その教育が人を貧困にする現象が起きている。親世代が貧困化する一方で学費は高止まりし、それを補うための奨学金も返済負担は重い。

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重い負債を背負って卒業することを避けるため、アルバイトに向かう学生は多く、その足元を見るかのように過酷な労働条件を押し付ける「ブラックバイト」が横行する。背景にあるのは、先進国では最低クラスの教育予算だ。

 

親の賃金低下と学費高騰のはざまで

昨年、勤務先の大学の100人ほどのクラスでアンケートを取ったところ、9割がアルバイトをしている、またはしたことがあると回答した。ある会合でこの話をしたところ、年配の参加者から、「勉強もしないで遊ぶ金ほしさにバイトばかりしているのは困りものだ」と言われた。

だが、今の学生のバイト理由は、「遊ぶ金」より生活費や学費の補填であることが少なくない。2016年の日本学生支援機構の調査では、大学生(中間部)のうちアルバイトに従事しているのは83・6%。

うち「家庭からの給付なしでは修学不自由・困難及び給付無し」が36・0%と4割近くに及ぶ。そこには、高度成長からバブル期世代と、それ以降の若者世代の「断層」といってもいいほどの状況の違いがある。

その一つがまず、学費の高止まりだ。団塊世代が学生生活を送った1960年代、低所得層でも入学できる設計を目指した国立大学の授業料は年間1万2000円だった。1970年代にはこれが3倍の3万6000円に値上げされ、学費値上げ反対の学生運動も起きた。

だが、その後も授業料は上がり続け、2005年には53万5800円と60年代の45倍近く、70年代の15倍近くの値上がりとなって今に至っている。1950年代からの消費者物価の値上がり度は8倍程度だから、国立大学の学費高騰の度合いの大きさがわかる。

一方、私立大学の授業料は70年代から、約5倍の値上がりにとどまっているが、2016年現在で約87万円と高額ぶりは変わらない。私立と国立との負担格差批判の高まりを、私学への補助で学費を抑制するのではなく、国立大学の値上げによる見かけの「格差縮小」でかわそうとした政府の姿勢が見て取れる。

「学歴なんて関係ない時代。大学に行かなければいい」という声もある。だが、1990年代以降、非正規が激増を続け、正社員の要件として「四大卒」のハードルを設ける会社は増えている。

崩れつつあるとはいえ、正社員はなお、一応の安定雇用と生活できる賃金を保障する働き方が建前となっている。つまり、「大卒」の資格は、安定雇用を保障するものではないが、そこにもぐりこむための最低限のラインを意味するものとなった。

一方で、親世代の賃金は、1997年以降低下傾向をたどり続けている。となれば、奨学金を借りるしか手はない。

「日本学生援機構について」(2019年3月)によると、学生数に対する同機構の奨学金貸与割合は、2007年度の3.3人に1人から、2019年度では2.7人に1人と約1.3倍に増加。2016年の労働者福祉中央協議会による「奨学金に関するアンケート調査結果」(概略版)では、奨学金利用者のうち、34歳以下は2人に1人にも達している。

同機構の奨学金はこれまで、返済が必要な貸与型奨学金で、高校時代から奨学金に頼ってきた学生の中には卒業時に数百万円もの借金を抱える例も目立つ。加えて1984年以来、最高3%の有利子奨学金も登場した。

こうして、親にも奨学金にも頼れないが、大学は出ていないと正社員の入り口にも行きつけない、と考える学生たちが向かうのが、アルバイトだ。