平成という時代に、日本で民主主義が機能しなかった理由

橋爪大三郎の「社会学の窓から」⑩
橋爪 大三郎 プロフィール

アベノミクスとは何だったのか

いっぽう政府は、現場を持たない。現場からの利益でなく、税金で動いている。政府では、上から下への風しか吹かない。そして経済(会社の集まり)に、偉そうに口を出す。「思いつきでものを言う」上司の、最たるものだ。

景気対策も効果がない。そこで誰かが考えた。景気がいいときには、物価が上昇する。インフレ気味のほうが、会社は利益が出やすい。通貨を多めに供給すれば、景気が回復するのではないか。ついでに金利も、マイナスにする。寝ている病人を、ジョギングに連れ出すような話だ。

これに、アベノミクスという名前がついた。よさそうだと思った上司もいた。金利がマイナスなら、海外に資金が逃げていくだけだ。モノが売れないのに、誰が投資をするだろう。「上司の思いつき」のせいで、現場はやせ細ったままである。

 

政府では、下からの風が吹かない。これが、橋本さんの観察だ。だが、民主主義なら、選挙があって、何年かに一回、下からの風が吹く。会社にはない仕組みである。

だがこの仕組みも、機能していない。選挙で票が集まるように、耳ざわりのいいことを言うよ。それなら投票してあげるよ。政府と一般の有権者がグルになった。これがポピュリズムである。

ポピュリズムは、上司の思いつきの塊である。社会の実態と無関係に、適当なことを言う。現場から目をそむけたい人びとが、投票する。政治があらぬ方向に暴走する。あの国も、この国も、いや、そもそも日本が、そうではないか。橋本さんの本は、こんなことまで考えさせてくれる、ありがたい本なのだ。

橋本治さんは、平成の最後に旅立った。あとに、読み切れないほど数多くの本をのこしてくれた。これらの本が読み継がれるかぎり、橋本さんは生きている。

『上司は思いつきでものを言う』は、ベストセラーである。が、まだ読んでないひとのほうが、はるかに多いだろう。なかみは、山本七平さんの『空気の研究』に通じるところがある。もはや、基礎教養書と言ってもいい。

ビジネス本を100冊読むより、『上司は思いつきでものを言う』一冊でよい。橋本さんはとにかく、天才なのだから。