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平成という時代に、日本で民主主義が機能しなかった理由

橋爪大三郎の「社会学の窓から」⑩

上司が見当はずれな決定をしてしまう理由

『上司は思いつきでものを言う』(集英社新書)は、この1月に亡くなった橋本治さんの、2004年のベストセラーである。まず題名に、思わずニヤリとする。

でも、実際に読んでみると、どんな社会科学書も顔負けの、本格的な平成日本論。「失われた30年」をふり返るには、うってつけの一冊だ。15年も前に、こんなすごい本を書いてしまった橋本さんに、びっくりする。

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さて 上司は、会社に生息している。上司のいない会社はない。会社員なら誰にも上司がいる。上司には、そのまた上司がいて、上司のピラミッドをつくっている。部下は上司の、言うことを聞かなければならない。

その上司がなぜか、「思いつき」でものを言う。まじめに資料を準備した部下は、あっけにとられる。なぜそんなことになるのか。そのあたりの秘密を、あますところなく明らかにするのがこの本だ。

橋本さんの着眼はまず、現場/上司、を対立させることだ。製造業だろうとサーヴィス業だろうと、会社なら必ず現場がある。そこでモノを売ったり買ったり、顧客にサーヴィスしたり、現場の人びとが動きまわる。現場こそ、会社が利益をあげる場所である。

上司ももとは、現場で働いていた。そのあと偉くなって現場を離れ、上司に収まった。上司たちはピラミッド組織をつくって、現場を監督している。現場の経験があるし、現場のことならわかっている、と思っている。でも世の中も、現場も、時代と共に移り変わって、とっくに昔の現場ではなくなっている。

その現場から、部下が報告をあげてきた。新しいプランをもってきた。それをみて、上司だから何かいいことを言いたい。そうでないと、上司としてかっこうがつかない。そこでつい、現場から遊離した「思いつき」を口走ってしまうのである。

 

もうひとつ橋本さんが鋭いのは、現場が会社の「外部」に接しているのに対し、上司のピラミッドは会社の「内部」にすぎない、と喝破していることだ。

総務や人事といった部署は特に、会社の内部にばかりかかわっている。外部と接している現場は、社会のことがわかり、現実的な判断ができる。外部から切り離されている上司(のピラミッド)は、現実から切り離されているせいで、見当外れな決定をしてしまうのだ。

橋本治さんのあげる例がまたふるっている。

あるメーカーは、古墳の副葬品にする、埴輪を製造販売している。今どき誰も、古墳など造らない。当然、さっぱり売れない。そこで上司は、何かよい提案を持って来なさい、と部下に命じる。部下のあなたは考える。副葬品だから売れない。インテリア向けの美術品として、埴輪を売り出せばどうか。

でも上司は、この提案が気に入らない。考え抜いた提案なのに、難癖をつけてくる。結局、提案は会議でボツ。代わりに、会社の空いたスペースで、副業としてコンビニを始めよう、が決まってしまうのだ。

橋本さんは《サラリーマン経験ゼロ》なのに、会社の内側がなぜ、手にとるようにわかってしまうのだろう。自分は《商人(あきんど)の息子》だから、出版社の《お出入り業者》だと思っている。

《作家というお出入り業者は、「人に関する想像力」と「物事に関する類推能力」で生きて》いるから、わかってしまうという。大変な才能、と言うべきである。