昭和に学び、令和に期す……昭和史研究の第一人者が自著に託す思い

歴史を教訓化するために
保阪 正康 プロフィール

人間学としての昭和史

これまでの私の取材を通して知り得たことは、確かに歴史の検証に必要な史実から、指導者の人間的エピソードに至るまで数多い。それらを歴史書として現すのではなく、人間学という枠内での書として刊行したいと私は考えるようになった。

この系譜にある前著『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)は、予想外の多くの人びとに手にとってもらい、これほどまでに昭和史の人間学が興味を持たれるのかと驚きを持った。

歴史をもっと生身の人間の姿を反映したものとして表現したいという考えが受け入れられたようで、私には感慨ひとしおであった。

本書『続 昭和の怪物 七つの謎』はこのシリーズの2冊目になる。一部はサンデー毎日に連載した記事が元になっているが、それらの稿も改めて大幅に手直しを重ねて全体の統一をはかった。

近衛文麿、野村吉三郎、三島由紀夫についてはすべて新しく書き下ろした。私は古いノートをとり出しては、かつて聞いた歴史上の人物たちの証言が今はどのように受け止められるかを考えてみたかった。言うまでもなく、彼らの人物像を通して、日本の近現代史の流れを確認したかったのである。

まったく新しいタイプの指導者像

さらに言えば、私は昭和史を含めて近現代日本史はひとまず形を作ったと思う。これからの日本は新たな段階に入ることになるだろう。

あえて補足しておくが、ひとつに、国際社会の潮流がどのような方向に向かうのかとい
うことがある。その波を受けて日本社会が変わるだろう。

アメリカが国際社会の指導的立場を自ら放棄したために、今後はいわば世界各地で群雄割拠の状態になり、様々な勢力が分立する状態になるであろう。

日本はアメリカ追随型国家の道を走っているが、この道をいつまで走り続けるのかが、問われるだろう。

もうひとつは、科学技術の進歩により人類史の価値観が変わる時代に確実に入ることだ。ロボットが戦争を行うときに、ヒューマニズムの意味が新たに問われるであろう。ルネッサンス以来、人類史が追求してきた価値観が再検討される時代が訪れると予想されるのである。

このふたつを通して、日本にはまったく新しいタイプの指導者が生まれてくるように思
う。この書に登場する人物たちのタイプを克服する指導者像が誕生せざるを得ない時代なのかもしれないと、私は考えている。

本書が、たとえばこのような読後の思索をうながすことにつながれば、とも思う。

『続 昭和の怪物 七つの謎』目次

第1章 三島由紀夫は「自裁死」で何を訴えたのか
第2章 近衛文麿はなぜGHQに切り捨てられたのか
第3章 「農本主義者」橘孝三郎はなぜ五・一五事件に参加したのか
第4章 野村吉三郎は「真珠湾騙し討ち」の犯人だったのか
第5章 田中角栄は「自覚せざる社会主義者」だったのか
第6章 伊藤昌哉はなぜ「角栄嫌い」だったのか
第7章 後藤田正晴は「護憲」に何を託したのか