「妊娠は病気じゃない」の意味、日本とフランスでこんなに違います

フランスに探る男女連携社会の作り方③
髙崎 順子 プロフィール

「金銭ではなく支援環境を与える「現物給付」は、インフラ整備の手間も時間もかかります。が、周産期の母子のリスクをできるだけ広く均一にカバーし、予防診療を行うためには必要と、政治的意思で進められました」

経験者として、フランスの医療環境、特に出産入院に関しては、快適度は日本より低いと感じる。しかし誰もが自己負担ゼロでアクセスできる範囲が広く、その質も揃っている点は、私にはとても安心だった。

特に妊娠中は疲労や不安が強く、「医療を選ぶ」という成人として当たり前の作業すら、負担になる時期だったから。医療費の立て替え払いが一切ない、ということも、なんだかんだとお金のかかる妊娠出産時期には、心の余裕に繋がっていた。

妊婦は弱い存在と、法律が定めている 

保健省の担当者と話しながら、一つの疑問が頭に残った。制度作りの考え方は分かった。しかしなぜ妊婦を「乳幼児と同じ、弱い存在」とし、その全員を医療保険に入れることができたのか。その点にモヤモヤが残ったのだ。 

健康リスクの中でも、妊娠出産は女性の体だけのものである。国民のもう半分である男性にはないものだ。しかもフランス政界はつい10年前までかなりの男性優位社会で、行政の意思決定機関は男性ばかりだった。なぜフランスの男性たちは、自分には一生来ないリスクを、そこまで重要視することができたのだろう。

 

それを問うと担当者はキョトン、とした顔をして「繰り返しますが、政治がそう望んだ、ということです。当時の保健大臣は女性でしたし」と答えた。いやそれは分かるが、と食い下がり、日本のマタハラの現状などを伝えた。すると担当者はようやく質問の意図を理解したようで、「法律です」と続けた。

「妊婦は社会的弱者で、国民みんなが守らねばならない。そう法律で決められていますから」

その一例に、日本の刑法に当たる「フランス刑法典」の434-3条がある。

ここで妊婦は、未成年・障害者・高齢者・病人と並び、『自らの身を守ることのできない者』と定められている。彼らへの虐待・侵害・暴行は法律違反で、それを知ったすべての人は、司法または行政当局へ通報しなければならない。通報義務を怠った人には、3年以下の禁固刑または45,000ユーロ(約560万円)以下の罰則付きだ。

また外見や性別、出自などによる差別を禁止する刑法第225-1条の中にも、妊娠が列挙されている。加えて、雇用主に妊娠を理由にした不当な扱いを禁じ母体保護を命じる労働法と、医療費を社会保険でカバーする社会保障法が整備されている。

フランスの「妊娠は病気ではない」に続く「だから大変だね」の社会的な認識は、「妊婦」の法的な定義を基盤に培われたものだ。男女の性別の違いや、その妊娠が順調かどうかは関係ない。「妊娠している」という事実だけで、未成年や障害者、高齢者と同じ、社会の中の「守るべき弱者」となる。それゆえに国の医療保険に取り込むのが当然、という論理だ。

妊娠は病気ではない、それで? 〜日本の場合〜

一方の日本では、妊産婦の保護を母子保健法・労働基準法・男女雇用機会均等法の法律で定めている。が、フランスの刑法典のように、一般社会全体で妊産婦を「弱い、守られるべき存在」と定義する文章は、私が調べた限りでは見つかっていない(ご存知の読者がいらしたらぜひご教示ください)。

例えば、妊産婦と乳幼児の扱いを定める基本法「母子保健法」を見ても、「妊娠」と「弱さ」を結びつける記載はない

第一条にある法律の目的には、「母性並びに乳児および幼児の健康保持および増進を図るため」。つまり妊婦とはもともと健康であることが前提で、この法律はそれを保持・増進するためにある、という認識だ。妊婦を「脆弱」とするフランスとの違いは、大きい。

もう一つ象徴的な例に、妊婦向けに健診を促す厚労省の「妊婦健診を受けましょう」という小冊子がある。

そのQ&Aの一つ目、妊婦側の質問はこうだ。「そもそも、なぜ妊婦健診を受ける必要があるのかしら。妊娠は病気じゃないのに…」。それに対する回答は「妊婦健診は、妊婦さんや赤ちゃんの健康状態を定期的に確認するために行うものです」と、妊婦の脆弱性には触れていない。フランスのように「病気じゃないけど普段より弱い状態なので、観察が必要です」ではなく、ただ「健康状態を確認しましょう」と言っている。

日本の法律や公的な資料では、妊婦は基本的に「健康である」とのスタンスがある。妊娠出産は問題なく正常に進むのがデフォルトで、その間の様々な体調不良は基本的に、妊婦が「不快」と感じる主観的な症状という扱いだ。