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初潮を迎えるまで生き神として生きる少女「クマリ」を知っていますか

ネパールの知られざる信仰

日本への移住者が年々増加しており、私たちにとって身近な存在となりつつあるネパールの人びと。彼らの故郷ネパールは100以上の民族で構成され、さまざまな宗教や言語が共存する多民族国家だ。TRANSIT43号では、そんな多様な文化をもつ国・ネパールを特集している。

ネパールで信仰されている神々のなかでも特異な存在といえるのが、少女の生き神“クマリ”。選ばれし少女は、一体ネパール人にとってどんな存在なのだろうか。インド・ネパール地域の宗教を中心に研究をつづける、東洋大学・山口しのぶ教授に聞いた。

文:山口しのぶ

山口しのぶ(やまぐち・しのぶ)
東洋大学文学部東洋思想文化学科教授。ネパール仏教やヒンドゥー教を中心に、アジアをフィールドワークしながら研究している。著書に『ネパール密教儀礼の研究』(山喜房仏書林 )がある。

「クマリ」とはなにか

北海道の1 . 8倍ほどの広さの土地に3000万人あまりが暮らし、ネワール、タマン、グルン、シェルパ、パルバテなど多様な人びとからなる多民族国家を形成するネパール。この国の政治、社会、経済の中心地であるカトマンズ盆地には、「クマリ」(kumari)と呼ばれる生き神信仰がある。

「クマリ」とは古代インドのサンスクリット語で「処女、少女」を意味する「クマーリー」(kumārī)のネパールでの発音である。クマリはカトマンズ盆地に古くから住むネワール人の少女たちから選ばれ、彼女たちが初潮を迎えるまでの数年間を「生き神」として過ごす。成長して初潮を迎えると、生き神クマリはふつうの人間にもどる。

小さな祠に祈りを捧げるネパールの女性〔PHOTO〕Kazuho Maruo

この地ではクマリは、ヒンドゥー教の女神「ドゥルガー」と同一視される。クマリには「ロイヤル・クマリ」すなわち王家のクマリでありネパール全体で崇拝されるクマリと、特定の地域でのみ崇拝される「ローカル・クマリ」がいる。15世紀末からの中世後期、カトマンズ盆地ではカトマンズ、パタン、バクタプルの3つの王国が分立し、それぞれの王国にロイヤル・クマリがいた。しかし現在ではカトマンズのロイヤル・クマリのみがその役割を継承している。

カトマンズ市中心部の旧王宮広場には、「クマリ・チョーク」と呼ばれるロイヤル・クマリの住まいがある。クマリに選ばれた少女は、自身の家族から離れてクマリの任を解かれるまでこの館で暮らす

 

クマリの必須条件は「32の完全さ」

クマリの選出にあたっては、いくつかの条件が課せられる。クマリの選出は「ダサイン」もしくは「ドゥルガー・プージャー」と呼ばれる祭りの際に行われる。ダサインとはドゥルガー女神が水牛の姿をとる魔神に勝利したことを祝う祭りで、この祭りの際、多くの水牛やヤギが犠牲として女神に捧げられる。クマリになるためには、水牛が首を切り落とされたところを見ても恐れた顔をしてはいけないとされる。

また、クマリは身体的な「32の完全さ」を備えていなければならない。たとえば「形のよい爪」「ライオンのような胸」「ほら貝のような首」「アヒルのように筋の通った脚」「牛のようなまつ毛」などがその条件である。これは推測だが、仏教でブッダの超人的な32の身体的特徴をあらわす「三十二相」(たとえば「手に水かきがある」「耳たぶが長い」「扁平足」などの常人ではない優れた特徴)と、このクマリの「32の完全さ」は何らかのかかわりがあるのかもしれない。