Photo by Morguefile

最初の1年で逆転! 人気講義で見た「文系だから数学が伸びるワケ」

「農学部の数学」を作ってきた10年間

私は筑波大学生物資源学類(普通の大学でいう農学部)で、10年ほど、1~2年生に数学を教えています。私は数学者ではありませんが、数学が好きで、大学時代は工学部で応用数学を学びました(高校数学教員免許に必要な単位もとりました)。

一方で自然や山登りも好きなので、大学院では氷河や森林の研究をして、その縁でこの大学に就職し、今はそれらの経験を活かして、人工衛星で地球環境を研究しています。

農学部に普通の数学教育が「噛み合わない」理由

さて、普通の大学は1年生の数学は数学者が教えます。うちも以前はそうでした。ところが10年ほど前から私たち「農学部の教員」が数学を教えるようになりました。

というのも、数学者の教えてくださる数学が、うちの学生にはあまり噛み合わなかったのです。

まず、数学者の「きちんとした数学」(特に微積分)は、ひとつひとつのステップに技巧的な手続きが必要で、それにはしっかり時間と精神力をかけて学ぶ必要があります。ところが農学部は数学以外にもやることが多いので、あまりそういう余裕はないのです。

筑波大学農学部農学部生のやることは多い

それ以上に困ったのは、意外に思われるかもしれませんが、農学部はそれなりに高度な数学を早く必要とすることです。

たとえば、農学は肥料や植物ホルモンや酵素や遺伝子などを扱うので化学が大切です。1年次の化学では、いきなり春学期に「エンタルピー」とか「エントロピー」「自由エネルギー」という概念が出てきて、そこでは高校数IIIレベルの微分積分はもちろん、「全微分」や「偏微分」という新しい数学を使います。

1年次の秋には原子や分子の挙動を検討するために「シュレーディンガー方程式」という名前の「偏微分方程式」が出てきます。

農学は物理も使います。農業機械の構造や動作は物理ですし、生化学で使う「NMR」(核磁気スピン共鳴)や「赤外分光法」などの計測技術も物理です。

物理教育では、1年次の春学期で「運動方程式」を扱うのに「微分方程式」が出てくるし、夏前には「慣性モーメント」という概念で「重積分」という数学が必要になります。

秋には「拡散現象」や「電磁気学」を学ぶために「ベクトル解析」という数学が必要になります。

他にも、たとえばさまざまな波長の光を食品に当てて成分や品質を調べるという話題が1年次に出てくるのですが、そのデータは2次元や3次元どころか、「数百次元」のベクトルであり、その解析に「対称行列」「固有値」「固有ベクトル」「分散共分散行列」「主成分分析」という数学が必要になります。

農業経済学では数学を使った経済理論が必要ですし、作物学や畜産学では実験計画法や分散分析という、そこそこ高度な統計学が必要です。農学にはAIや機械学習がどんどん入ってきていますので、そのための数学も必要です。

普通の大学の数学教育では、これらの数学の多くは、1年生では学ばないか、学んだとしても時期的に後のほうなので間に合わないのです。