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段ボールいっぱいのリクエストが届いて…名曲「神田川」の誕生秘話

南こうせつ、歌手50周年を振り返る

売り上げ150万枚の大ヒット

―今年、デビュー50周年の節目を迎えられた南こうせつさん。新著の『いつも歌があった』のなかで、これまでの音楽活動における秘話や、ご自身の心境の変化がたっぷりと語られています。今回、15年ぶりにエッセイを出版しようと思ったきっかけから教えてください。

今年2月、70歳を迎えました。それを機に、自分がこれまで生きてきた証を振り返りながら、そのなかで学んできたことを残しておきたいと思ったんです。

結果、この本では、『神田川』に紙幅を割くことになりました。やはり、あの歌が世の中に知られるきっかけですし、いまも僕の代名詞。あれがなければいまの南こうせつはありませんから。

―'72年春、伊勢正三、山田パンダと結成した第2期「かぐや姫」のデビューアルバム『はじめまして』を発売します。本書では、そうした『神田川』リリース前の若き日の思い出も語られています。

'70年に結成した第1期「かぐや姫」では多くのことを学びましたが、悔しい思いもして、やり残したことも多かった。

 

僕たちはシングルヒットを出すより、LPレコードが売れるアーティストになりたかった。だから第2期「かぐや姫」では、オーディエンスにちゃんと向き合い、3人でいい作品を書いて、本当に納得できるものだけを出そうとこだわりました。

―そして'73年、最大のヒット曲となる『神田川』がリリースされます。

あの曲は、レコード会社が膨大な宣伝費をかけて売り出したものではなかったのです。僕がDJをやっていた深夜放送の「パックインミュージック」で、『神田川』をかけたら、次の週に段ボール一杯ものリクエストハガキが届いた。それであわててレコード会社がシングルカットしてリリースしたら、150万枚売り上げた。

『神田川』はリスナーの純粋なリクエストによって、あれだけのヒットとなったわけです。

―'75年、神田共立講堂での解散コンサートを最後に、「かぐや姫」は、南さんはソロ、伊勢さんは新グループ「風」の結成へ動いていきます。同時に、一人になった南さんの苦しみが始まります。

「かぐや姫」では3人の個性をまとめる作業が必要でしたが、一人になって、自分のわがままだけで自由に楽曲を作れるようになりました。自由度が増したのは良かったのですが、ライブでは大ヒットした、『神田川』ばかりを求められ、次第に、この曲が足かせになってしまったんです。

「『神田川』だけが自分ではない」という思いから、次第に『神田川』の演奏を避けるようになり、観客動員数がめっきり落ちてしまった。このままでいいのだろうか、この先、プロとして食べていけるんだろうか、と不安に駆られる日々が続きました。当時、大分に住んでいたので、このまま農業を始めるかとまで考えていました(笑)。