問題行動をくり返す人の治療に役立つ「シンプルな方法」

「ハームリダクション」という思想
堀 有伸 プロフィール

「社会的な処罰」はやめるべき

物質使用障害の方へのアプローチとして構想された「ハームリダクション」には、この行動療法の発想が、含まれています。

患者さんたちに望ましい行動の変容が起きるように、つまり依存性のある物質に頼ることをより少なくした生活が可能になるように、物質使用の害(ハーム)を減らす行動(リダクション)があった時には積極的に肯定する、そして、許容できる失敗については可能な限り処罰を控える方針を、薬物依存のような社会問題に対して国家的な戦略として採用する国家が複数出現し、それが成果を挙げているという状況なのです。

中外医学社から出版されている『ハームリダクションとは何か 薬物問題に対する、あるひとつの社会的選択』という本では、スイスのことが例として挙げられています。

ヘロイン中毒が問題になり、1975年には麻薬法を厳しくして取締を強化しましたが、依存症患者の急増を防ぐことはできず、人口820万人の国で1990年代には患者が3万人に達するとみられていました。

それにともない、注射の使用によるHIVの感染も増加しました。この事態に政府は、1990年に「法規制」「薬物使用の予防」「薬物依存の治療」を継続しながら、「ハームリダクション」の導入を決断しました。

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これはヘロインを代替薬物に置換する治療を認めること、それでも依存を辞められない患者に対しては、生活に支障のないヘロインを特定の医療機関で処方するヘロイン補助療法を採用することなどが含まれていました。

この結果は、薬物使用者の間のHIV感染とAIDSによる死亡、またヘロインの過剰摂取という事故による死亡を大きく減少させたことに加え、ヘロイン使用自体を減らしました。ヘロイン所持の検挙者は、1996年に18000人弱だったのが、その後の10年で約3分の1に減ったそうです。

これには当然、日本とスイスは状況が異なる、日本は薬物使用への厳罰を維持するべきだ、と反論される方がいるかもしれません。

もちろん、スイスでも相当に反対があったそうですから、日本でもそのような反対意見が提出されるのは、自然なことだと考えます。

それに対しては、日本社会に認められる「社会的に問題のある行動」を示した個人に、厳しい社会的ペナルティを与える習慣の、副作用(害)の部分も見るべきではないか、と私は反論したいのです。

何らかの意味でレッテルを貼られてしまった「人」について、その人がどのように望ましい行動を行ったとしても、「見せしめ」のように無視したり嫌がらせをする行為が、日本社会では蔓延しています。

これはしかし、社会全体の都合を個人に押しつけすぎて、苦しんでいる人の状況を無視してその回復を阻害する行為です。これから人口が減少し、さまざまな分野で人材が不足することが予測されます。このような形で有為な人材を潰してしまうことを続ける余裕が、私たちの社会にあるのでしょうか。

 

確かに社会全体については、短期的には力による威嚇で、問題行動を減少させることができるように見えるかもしれません。

しかしその有効性は十分に検証されていません。問題は、見えにくいところに潜在してしまっただけの可能性があります。

その上で中長期的には、社会全体で、「炎上」につながるような注目を問題行動に集中させ、「まじめに慎ましく誠実に」行動している人々を無視することになります。

その結果として、社会にどのような変化が起きるでしょうか。

私たちは今後、「社会的な処罰」という刹那的で強大な「力」に過剰に頼る社会運営を、継続するべきではありません。

「ハームリダクション」がそうであるように、より普遍的な「法則」を参照しながら、より合理的な社会運営の方法を身につけていくべき時にきていると思います。